陽子と4人の九州横断ツアー

by 洋二&陽子(投稿日:xx xx 1992)


日程:1991/4/27(土)〜5/6(月)
参加:那珂、陽子、G、DON、中田
コース概要:=阿久根−本渡−日奈久−五木−五ケ瀬−阿蘇−九重−別府=

Map, Click to Popup  1991年中で最大のイベント。
1日目:4/27(土) 東京−阿久根(鹿児島県) by 洋二
 11:40羽田発−熊本行きANA645便に乗るべく、那珂家2名は羽田空港にてゴキさんを待つ。やがて最終搭乗手続きのアナウンスがあり、やむを得ず2名のみで搭乗手続きをし、持っていたゴキさんの航空券をキャンセルする(オープン券にする)。その直後、地下階段から輪行袋を担いだゴキさんが登場...しかしキャンセル待ちは既に40数名。ゴキさん絶体絶命! ここでめげずにカウンターで直前のキャンセルの取消しを申し出るとあっさりOK。これで3人は無事同じ飛行機で九州ヘ飛び立つことが出来た。一方、このころドンチャンはフェリーで宮崎への一人旅をしていた。
 熊本からはJRで阿久根へ向かい、18:47到着。日が碁れるころ白転革を組立終わり、2km程離れた宿まで走る。しかし宿は丘の上遥か彼方。急坂を立ちこぎでやっと登る。このとき陽子は初めて立ちこぎをする。
 本日の宿:国民宿舎 あくね(単純食塩泉)

<陽子の感想> 必要に迫られて突然立ちこぎが出来るようになったが、立ちこぎが出来るとずいぶん楽だ!


2日目:4/28(日)阿久根−本渡(天草) くもり by 陽子
 朝一番にゴキさんは阿久根駅前で輪行袋とスニーカを最後の宿(別府)ヘ送り身軽になる。3人の九州ツアーはここから始まりとなる。R389で幾つものアップダウンを越えながらフェリー乗り場のある蔵之元港へ向かう。途中道端を歩いていた小学生数人の話し声...「あれ男か?女か?」と私(陽子)を見ての言葉。そんなにたくましい走りだったかしら?
 牛深港でゴキさんにトークリップを調整してもらい再度スタート。静かな海を見ながら、東の海岸線を走る。車も少なく走りやすい。途中海辺で昼食をとる。下島から上島へ波る瀬戸大橋は車が多くて命がけで渡る。あと宿まで4−5k m。なかなか見つからない宿を探しにゴキさんは丘の向こうまで行くが、なんのことはない宿は手前にあった。宿に着くと雨が降りだす。明日が心配だなー。
 本日の宿:民宿 やちよ荘

<陽子の感想> いよいよツーリングの本格的なスタートとなったが、私の体力で大丈夫なのか、足手まといにならないか不安です。少しでもパワーアップできるように今回からツーリングシユーズに替えたおかげで今までよりペダルに力が多く伝わった気がします。結構つらい所もあったけど今日はわりと軽快に走れたかなー?!天草はコース取りの都合上、下島の西海岸を走ることが出来ず天主堂などを見られなかったのが少し残念です。


3日目:4/29(月)本渡−日奈久(八代市) くもり/晴 by 陽子
 朝になると雨も上がりホッとして走りだす。7km程ウオーミングアップで海岸線を走り(R324)、山越えに入る。軽く一山越えて、島の中心を貫く道路を松島町へ向かって走る。途中、派手な鯉登りが沢山元気よく泳いでいた。こちらでは男の子への大きな期待が感じられる。八代行きのフェリー迄に時間があったので、近くの千厳山に登る。勾配は急だが、頂上からは天草五橋を見渡すことが出来る。つつじの花もきれいに咲きほこっていた。
 フェリーで八代へ渡り向かい風の中10km程南下して日奈久温泉へ着く。日奈久温泉は古い温泉旅館が軒をつらね、共同浴場もある。ゴキさんはメーターの電池を買いに行くが何年も前の古い電池を買わされる。
 本日の宿:日奈久 健康保険保養所

<陽子の感想> 少し疲れが出てきて最後の10kmがけっこうきつかった。日奈久に早くついたので、温泉にゆっくりつかり早く寝てパワー回復。温泉は最高!


4日目:4/30(火)日奈久−五木(熊本県) 晴 by  陽子
 この日のコースとしては釈迎院観光ルートも候補にあったが、3500段の階段と峠越えのセットは無理があるので断念。R3を6−7km程北上し、国道をさけて山あいの道をすすむ。小さな峠(250m)を一つ越え、早瀬まで下る。ここから川沿いを大通峠に向けて走り始める。2回ほど休み500m程登ったところでカーブを曲がるとつづら折れがどーんと現れた。ゴキさんは遥か彼方上のガードレールから手を振っている。既にお昼をまわり、ようやくつづら折れをクリアするが頂上はまだ先。空腹がはげしくなったので昼食にする。
 昼食で元気をとりもどし、20分程登ると大通峠(750m)ヘ到着。地図には展望マークがあるが取り立てて良い眺めではない。水のみ場で水を補給し、峠から分岐する。さらに尾根づたいに急勾配を登るとカルストが見られた。国見岳(1030m)からは、遥か遠く海に浮かぶ天草を一望出来た。今朝そこから出発してきたかと思うと感無量でつらい峠越えもむくわれた気がする。そこからは他の山々の頂上を横に見ながら平らな道を子別峠まで行く。ここからいかにも平家の落人が逃げ込んだごとく、深い谷合へ落ちこんで いく様に続く道を下る。


**91.4.30 大通峠から国見岳ヘ向かう。遠くに天草。**

 下りきってR445まで出ると宿まではあと5km程。楽勝と思っていたが、五木川沿いの登り道は意外に勾配があり、峠越えで力を使いはたしていたのできつかった。(道には猟犬がうろうろしていてこわかった:洋二)。この宿でドンさんと合流した。ドンさんは先に着いていてコーラを飲み涼んていた。一休みしてから、チューブラタイアのパンク修理講習会が始まった。
 本日の宿:民宿 五家荘

<陽子の感想> 今日の登りはずいぶんつらかったが、蛇行したり、立ちこぎしたりしながら自分のペースでゆっくり登ればいずれ頂上に着くんだと思えるようになった。そして自分の力以上に速く登ることは出来ないから仕方ないとふっきれて、遅い私を待ってもらうのもそれほど苦にならなくなった。と同時に登り坂もそれほど嫌ではなくなった。


5日目:5/1(水)五木−五ケ瀬(宮崎県) 曇り by 洋二
 宿を出てR445を5km程北上したところで、椎葉村へ抜ける林道へ右折し、樅木吊橋を見に行く。峡谷に2本の吊橋がかけられていて、特にどうということもなく、ただ、横ゆれ防止のロープが設けられているのが特徴らしかった。川沿いに登ってきた林道をR445まで戻る。何か余分な疲労が体に溜ったような気がする。一休みしているとドンちゃんが草むらの中に鳥の雛がいるのを見つける。かわいそうに巣から落ちてしまったのだろうか。どうしてあげることもできず、写真だけ撮って、二本杉峠に向けて出発する。今日のメインである二本杉峠は標高約1000mと昨日にひきつづき立派な峠である。地図には「阿蘇、天草、雲仙を一望」などと書いてあって期待は大きい。しかし、約500mの登りは樅木吊橋の往復がこたえて苦しい。パンをかじりながら昼ごろにやっと頂上に着く。が下界は白いベールに覆われて何も見えない。こちらの頭の中もまっ白。ここで今回のツーリングで初めて他のサイクリストに出会う。まっ白なバックの写真を撮ってもらって、いよいよ下り始める。今日もまたすごい下り。山間を縫って道が続く。落ちていくというのはやはり一つの快感である。時間が押し迫ってきたので、今日の観光名所、通潤橋へはR218を選ぶ。車も多くなりアップダウンが続くのでまいってしまう。4時ごろようやく到着。長い間見たいと思っていた通潤橋はすき間無く積まれた石が美しいアーチを描き、そのたもとをたくさんのつつじに彩られてとてもきれい。あたりを歩きまわっていると突然橋からの放水が始まった。誰かが観光用の放水を申し込んだのだろう。(¥5000で放水するとか)思わぬラッキ一に大喜びで写真を撮る。
 そうこうするうちに時刻は5時近くなる。今日の宿のある五ケ瀬町の鞍岡までは残り20km程で、暗くなる前には十分着けるはず。1時間程で地図にマークしておいた地点までやってきた。しかしそこには民宿と思しきものは何もなく、内心顔をひきつらせながら宿にTELする。よくよく話を間けば、なんと鞍岡は鞍岡でも地図の隣のベージにある6km程も先の鞍岡のことで、さらに悪いことに宿はそこからさらに5km川沿いに登り(本屋敷)、そこから山の中へ2kmほど急坂を登ったところだという。もう夕方6時を過ぎてあたりはだいぶ暗くなってきたがそれより前に目の前がまっ暗になってしまった。
 それまでの20kmとはうって変わって、簿暗闇の中を走る道のりの長いこと。本屋敷に着いてもう一度宿にTELすると、宿の人は車で迎えに来てくれると言ったが、あと2kmだし、押して歩いたところでいずれ着くだろうと思って、その申し出をあっさり断った。しかし、戻ってその内容を皆に言うと「なんで断ったの?!」と、かなり怒りを込めて間い詰められてしまった。(全て私の手落ちでありました。ごめんなさいデス。宿の場所は念には念を入れて確認したいものです。)休み休み登っていると上から軽トラックがやってきて、私たちを宿まで載せて行ってくれました。そう、私たちよりずっと先に宿に登りついたゴキさんが、残りの3人は疲れているからと頼んでくれたのでした。
 本日の宿:民宿 松乃屋

<陽子の感想> 通潤橋はとても見事で何枚も写真を撮ってしまいました。今日の宿はどんどん遠ざかってしまい気が遠くなりそうでした。あきらめていたトラックが迎えにきてくれた時は本当にうれしかった。


6日目:5/2(水)五ケ瀬−阿蘇(地獄温泉) 曇り時々晴 by 洋二
 今日はゴキさんとドンちゃんは高千穂方面ヘ、那珂家は阿蘇へと別れる。阿蘇隊は高森峠の一つ西にある中坂峠を登る。外輪山を緩やかに登るこの道は車がほとんど来なくて、静かに走れる。峠は切り通しで何も見えないが、少し下り始めると良い眺めとなる。足元には高森町の街並み広がり、その向こうには阿蘇の山々がそびえている。一旦高森町まで下ったあと、その中腹まで登れば今日の宿である。
 高森駅のベンチで買ってあった昼ごはんを食べて阿蘇登山道路を登り始める。つづら折れが始まるとカーブを一つクリアするたびに街が小さくなっていく。下から吹き上げる風は次第に強くなってくるが、吹き出す汗を乾かしてくれて心地良い。400m程登った所にある展望台で休むと強風であっという間に体が芯まで冷えてしまった。(早く温泉に入りたい:陽子)ここから登山道をはずれて牛がごろごろしている牧草地を抜けて100m程下ると地獄温泉に着いた。
 本日の宿:清風荘 (薬場、泥湯などいろんな種類の露天風呂がありおもしろい。中でも”仇討の湯”という女性専用の露天風呂があり、いつも見られる側の女性が、男性を見下ろす格好になっている。けれど男性の風呂の中まで見えるわけではない。:陽子)

<陽子の感想> 外輪山を登っていると全く阿蘇は見えずやっとクリアしたと思うと高森町の街並みの向こうに阿蘇がドーンと現れる。眺めは良いがこれからあの山を登るのかと思うとゾッとした。しかし、阿蘇を登るつづら折れの道は意外と勾配がきつくなく一つ折り返す度に景色がどんどん変わって行き気持ち良かった。温泉で体を暖めてうまいビールを一気にのみほす!あ一幸せ!


7日目:5/3(金)阿蘇(地獄温泉)−阿蘇(うちのまき) うす曇り by 洋二
 今朝はとても冷え込んでいる。阿蘇山頂では雪が降ったらしい。咋日宿まで下ってきた道を押して登る。ちようど良いウオーミングアップである。登山道路を登って、ロープウェイ乗り場近くまで来るとゴールデンウィークの観光客で車があふれている。頂上までは車道もあるが、今日は観光と休息の一日と決めていたのてロープウェイで上がることにする。頂上では昔ながらの土産物屋がたくさん露店で商売をしているが、朽ちた案内板などと共に何か哀愁が漂っていた。案内板を見ると火口のまわりを一周する遊歩道のような点線が書かれてあるので行ってみる。火口の周囲は尾根がずっと続いていて、その外側には砂千里という火山灰の積もる平原が広がっている。さすがにスケールはでかい。歩いていくと人影もまばらになり、いよいよ荒涼としてくる。やがて道も細くなり、一歩踏み外すと一気に火ロヘ落ちそうである。と、そのとき私は火口と反対側へ踏み外し1m程ずぼっと落ちてしまった。灰色の山肌は見かけよりずっと柔らかく、手を付きながら登ろうとするが蟻地獄のように足元がどんどん崩れて大いにあせる。もう引き返すしかないと思ったときに、陽子がその足場の悪い所を飛び越えて先にいるのが見えてもっとあせる。「大丈夫だよ。」と言う場子を真剣に呼び戻して来た道を無事戻る。ほとんど倒れかかった看板をよくよく見ると、「これより先立入禁止!」こういう看板はもっと整備して欲しい。
 危険な観光を終え、今度は草千里でのんびりしようと再び自転車で走りだす。途中グラススキー場があって、ついつい立ち寄ってしまう。皆下手くそだなあと思いながら滑り出してみると雪の上のスキーとは違って全然コントロールできない。スキー場には上手な人も何人かいて、ついムキになって滑ろうとするとスピードだけが出てしまう。コケると雪と違ってコケたその場で急停止するから衝撃がものすごい。スーッ、ドテッとやっているうちに、左手の小指をグキッ。今度は左手の親指をグキッ。2回目のは相当痛くてリフトの回数券をまだ残したまま退散することにした。この怪我のおかげで左ブレーキレバーは使えないわ、強い振動が伝わると痛いわで、自転車の下りでの楽しみをすっかり奪われてしまった。
 草千里へ行って広い広い草原を散歩して自転車に戻ってくるとゴキさんのレーサがそばに置いてある。しばらく待っていると草原を遠くから歩いてくるゴキさんを見つけることができた。3人で宿に向けて走り出す。阿蘇の山を下る道は長いストレートでかなりの勾配だから、やたらとスピードを出せる。(ところどころにパラソルの下でジユース等を売っている女の子たちがいてその前を通ると皆「ガンバッテー」と声援を送ってくれた。)途中、米塚を見渡せるところで小休止。米塚は阿蘇のゆるやかな裾野にそれこそお米を盛ったようにぽこっとある小さな山で、頂上が少し削られていて味のある形をしている。昔々大国主命が飢饉の時にこの山から一つかみの米をとって農民に分け与えたのでこういう形になったという。


**91.5.3阿蘇、米塚をバックに。**

 宿に着き部屋に入るとドンちゃんはもう既に来ていた。だが、外には彼の自転車はなかった。盗難の可能性大である!夕食の時間になってもドンちゃんは食欲のない様子。でもやがて自転車が戻ってきた。真相は宿の親戚の人が遊びに来ていて、その自転車を宿の息子のものと思って乗り回していたそうな。全く人騒がせな親戚だ。(教訓:旅先でもちゃんと鍵を掛けよう。)ドンちゃんも夕食がようやく食べられホッとしていると、熊本から走ってきた中田君が登場。久しぶりの再会に改めて皆で乾杯!
 本日の宿:民宿 あそ元

<陽子の感想> スキーではかなわないが、グラススキーでは私の方が上手だった。
<洋二の感想> 走った距離はとても短かったが、いろいろな事があってとても長い一日だった。


8日目:5/4(土)阿蘇−九重(筋湯温泉) 晴 by 洋二
 阿蘇五岳のまわりは広々とした平野が広がりその外側を山がとりまいている。今日はその壁のような外輪山を乗り越えるところから始まる。阿蘇から北へ抜ける道はやまなみハイウェイが有名だけれど、我々はそのひとつ西に平行して走る地図上の白い道を行くことにする。まず、その名も象ヶ鼻という外輪山の一部が平野に突出したところを一気に300mも登っていく。象ヶ鼻に貼り付いたつづら折れの道を無心に登ると、カーブを曲がる度にそれまで横に広がっていた田圃が足の下へと遠ざかっていき、かわりにそのむこうに阿蘇の山々が近づいて見えてくる.頂上まで上がるとなだらかな草原となっていて、ごろっと横になると実に気持が良い。そうやって阿蘇の山々を見渡してみるとなるほどお釈迎様が気持よさそうに横になっている姿に見えてくる。
 ここからしばらくは丘陵地帯を抜けていく感じで進み、一旦下りがあって、それ以降いくつかのアップダウンを過ぎて黒川温泉に着く。この温泉も魅力があったが、入っている時間はないのでもう一山越えて宿へと向かうことにする。ところが、この一山が強者で鬼の急勾配が続く。ただ、道端を埋めつくすように立てられている「別荘地分譲中」の赤い旗が妙に気になった。やっとの思いで急勾配を過ぎるとはたして別荘地があり、我々の進もうとする道はそこへ吸収されそうな雰囲気であった。管理棟を尋ねてみると、一人の元気な老人が出てきて「この先はもう行けないよ。たとえここを過ぎても、あそこに見えるお城の主が頑として通してくれないのだ。」と指差す方を見ると確かにヨーロッパのお城のような建物が丘の向こうに小さく見えた。さらにその老人の言うには「今日はもう私の作った檜の風呂に入って、ここに泊まっていきなさい。一人○千円でいいから...」冗談じゃねえ!
 しかたなく今度は今来た道のすごい下りを下って黒川温泉まで戻り、R442で一且やまなみハイウェイに出て(瀬の本)、2kmくらい北上したところで宿のある筋場温泉ヘの道に分岐した。途中登りが何回もあって、今日の登りの標高差もかなりのものだろう。中田氏もいきなりこんな坂だらけですっかり膝が痛くなってしまって、大苦戦を強いられ、気の毒だ。最後の登りを終えると勢い良く下って、一気に筋場温泉に着く。
 本日の宿:宝珠ハイツホテル (筋湯の共同浴場は打たせ湯が何本もあって、思う存分湯に当たることが出来た。)

<洋二の感想> 何と言っても象ヶ鼻からの景色は最高!


9日目:5/5(日)九重−別府 ときどき曇り by 陽子/洋二
 九州を走るのも最後の日となりホッとしたような寂しいような複雑な気持で出発するが、いきなり道を間違えてしまう。すぐ気付き修正して、車の少ない豪快な下りを5km程行き2km程のアップダウン。そこからゆるやかな登りが始まりやまなみハイウェイに入る。そして九重の山々が一望できる朝日台にて休憩。あの遠い景色の向こうから走ってきたかと思うとやはり満足感である。私達がこれから行くコースからやってきたサイクリストにその景色をバックに写真を撮ってもらう。喫茶店からコーヒーの良い香りがして久しぶりにコーヒーが恋しくなる。それから8km程行ってやまなみハイウェイを離れ、山下池のほとりの九重レークサイドホテルにて昼食をとる。きれいな場所に私達の格好はどうも不似合いだ。ここでコーヒーも飲み満足して出発。
 車のほとんどこない静かな道を20km程行くと、おしりの形をした由布岳(豊後富士)が見えてくる。湯布院を一望できる狭霧台まで大渋滞している車の隣を得意気にせっせと登る。挟霧台で休息をとり、あとは別府まで15km程ひたすら下りだ。けれど下りも大渋滞で車の間をぬいながらの走行は神経が疲れる。途中から車がなくなり一気に下る。すると突然目の前に別府湾と場けむり上がる別府の街とが一面に広がった。「着いた!思わず声を上げてしまいたくなる程、情緒あるやさしい風景が私達の前に現れた。


**1991.5.5 狭霧台にて。**

 P.S.(by 洋二)海に向かって下っていく感じがとても気持いい。でもちょっと待った!宿は途中で左に曲がってまた坂を登って行かなければならないのだ。ところが先を走っていたゴキさんとドンちゃんはその分岐を過ぎてあっという間に海へと下っていってしまった。残った中田氏と那珂家2名は仕方ないのでその場で待つことにする。やがて気持いいダウンヒルを堪能した二人が元気よく(?)戻ってきて、そこからまた明礬温泉まで登り最後の宿に到着。
 本日の宿:旅館 豊前屋

<洋二の感想> 社会人になってから一回のツーリングでこんなにたくさん走ったのは初めてです。今日はその最後のランということで充実感でいっぱいです。


10日目:5/6(月)別府(−−>東京) 曇りのち雨 by 洋二
 宿のむかいの共同浴場で朝風呂につかって、今日は別府の地獄めぐり。タ方の汽車の時間までのんびり過ごす。この別府の地獄は10年前にHUCC1年目の春のランで来たときとちっとも変わってない様子だ。ただ、龍巻地獄という約25分間隔で蒸気と熱場を噴き上げる間けつ泉は10年前と比べるとすっかり勢いが無くなってしまって、ホースでちょろちょろと水を出しているような感じでとても情けないものだった。
 中田氏と那珂家二名は自転車を宅急便で送るためにクロネコヤマトの集配所へ行く。ゴキさんとドンちゃんも一緒に輪行を手伝ってくれた。ちなみに別府一川崎間で二台まとめると¥4540の送科で済んだ。宅急便組は輪行が済むとタクシーを呼んで別府駅に向かう。ところが輪行中に降りだした雨がいっそう激しくなり、ゴキさんとドンちゃんは雨の中を自転車で駅まで行くことになる。このツアー中一度も雨に降られなかったのに宅急便組のお手伝いをしたばっかりにこんな目にあってしまって気の毒だ。
 売店でいろいろとお土産を買ってくれた中田氏とはここでお別れである。どうもありがとう。17:14特急富士は別府駅を出発、やがて九州を離れ東京へと走る。


<陽子の感想> 天草の海から始まり大通峠からさらに山の中に入り五木、五ケ瀬、阿蘇、由布といくつもの峠を越え、別府の海に出るまでのコースが頭の中に蘇り、最後まで走りきることが出来て本当に良かったと思います。ツアー中ずっと天気に恵まれ、海、山のすばらしい景色や数々の温泉はとても良い思い出です。そして何よりもペダルをこいだ力が自分でもびっくりするくらいに自転車に伝わり、それと同時にまわりの景色がどんどん変わっていくのがとても心地良かった。本当に楽しい思い出深いツアーとなりました。