2012秋の関西OBラン

Photo, CLick to Popup
北陸本線旧線跡の山中トンネル出口

by 野田(投稿日:15 Mar 2012)
※ 銀輪原稿より転載

日程:2011/9/23(金)~ 9/25(日)
参加者:野田(計画)、老師、土田、&、タケル、酔狼、O庫、G、奥山、松岡、飯塚、野田潤、青野一家、河原
コース概要:=近江今津→敦賀→池田→福井= (約60km/約70km/約40km)

 ツーリング記録 参照
Map, Click to Popup まえがき:
 このランは、関東在住の老師松下氏(S53卒)とのジョイント企画として春頃に決まり、関西OB会としては、伝説の老師を関西に迎えるに当たり、万全を期して臨まなければならない一大イベント。この企画は、自分が、昔の酔浪通信を読み、当時を懐かしんだ想いを伝えたくて、関西OB会メンバーへメールした事から始まりました。そのメールが残ってたのでご紹介します。
「87年の室生寺、赤目四十八滝は、自分が初めて本格参加したOBランなので、ぼんやりと覚えていて、今回改めて当時の事を思い出し、とても懐かしかったです。その年は、その前に若狭小浜ランにも参加しました。それが、会社に入って最初に先輩OBの方々に遭遇した会です。松下老師をはじめ恐い先輩たちと一晩を共に過ごし、幻の酒である越の寒梅をちょっとだけ飲ませてもらった記憶は鮮明に残っています。その宿は、小浜に抜ける峠付近にあった「藤屋旅館」。今はもうありませんが、むささびが舞う民宿でした。千崎さん、このランはお蔵入りになっていて見れませんが、お蔵から出してくれないでしょうかね。飯塚が幹事をしたのは開田高原でした。あれは、90年でしたか。その時、千崎さんやタケルさんもいたのですね。もっと驚いたのは、M新聞の内林さんと真美さんが参加していたのですね。まだ結婚する前だと思うので、この時にはもう付き合ってたのでしょうか。」

このメールを見てくれた安藤氏から老師M氏に伝わり、老師の関西OBラン参加が決まりました。スタート場所は、想い出の「藤屋旅館」に近い琵琶湖北岸の近江今津。この旅館の想い出は千崎氏も語っていますので、そのメールもご紹介します。
「若狹街道「熊川宿」から川沿いに数km入った河内温泉(ん?鉱泉かな)の一軒宿、よく覚えています。私にとっては老師から話は聞かされていたが、初めて見る奥山くんの巨体にビックリ。古い宿の階段を登ると「ミシッ、ミシッ」。飲んでる最中に窓の外へ飛び出したムササビの姿。夜空いっぱいの星、星、星。そうか、宿はもう今は無いのか、24年も前の話やもんなぁ。」

この時、確かO氏は玄関の床を破壊しました。

 普段、ランの下見をしない自分ですが、今回は万全を期すため、お盆の帰省がてら、娘とクルマでコースを走った際、この河内温泉にも寄ってみました。その時の感想メールも紹介します。
「小浜の温泉旅館「藤屋旅館」がある河内地区は、ダムの建設工事が行なわれており、旅館があったと思われる場所まで辿り付けませんでしたが、旧道の面影は残ってました。既に山の中腹を走る新道が完成。ということで、あの旅館が廃業したのは、お役人と地元土建業者のせいでした。 あのむささびはもういない…2日目に走る予定の北陸トンネル旧道は、狭いトンネルが5箇所ほどあり、その内、長い2本は信号による交互一方通行。信号のない短めのは、照明が全くなく、真っ暗で、とても怖そう。強力なライトが必要です。でも、クルマの通行は全くなく、勾配も緩やかで、気持ちよさそうな道です。」

ということで、今回のランでは熊川宿に寄っただけで、河内温泉には行けませんでしたが、今回の見どころは、なんと言っても北陸トンネルの旧道です。(長い前置きでした)


1日目:9/23(金) =JR近江今津★→熊川→三方→関峠→敦賀 (約60km) 晴れ 宿泊:松原旅館
 正午前、JR近江今津駅に集合。天候は晴れ。早めに着いた関東から参加の川浪氏(S56卒)と老師は、走る気まんまんで、全員の集合を待たずに出発。G氏は箱館山スキー場内の道を400m上り、石田川ダムに下り本隊に合流するコースを選択。老師は石田川ダムから上り、林道を北上して若狭へ抜ける標高差800mのコースに挑戦する、との事。自分も林道コースに行きたかったが、幹事役なので、ぐっと我慢する(結果的には同行しなくて大正解でした)。昼食後、OB会から頂いた助成金で購入した関西OB会旗を初めてお披露目して集合写真を撮影。エンジの生地に車輪の丸をイメージした昔懐かしいロゴのHUCCの文字。部旗があると、写真の風格がぐっと締まる気がします。撮影後、出発したのは、8名。タケル氏、奥山氏、関東から参加の松岡氏(S60卒)、野田氏(H1卒)、青野氏、河原氏と自分。松岡氏は2年間のケニア勤務を終えて、この8月に帰国され、早速このランに参加してくれました。青野氏の娘くるみちゃんも一緒に走ることになり、3,4年前まで一緒に走ってくれた我が娘とダブり、目頭が熱くなる。今や中一になった娘は、父親のパワーに付いていけないことを悟り、全く一緒に遊んでくれません…。

Photo, CLick to Popup
近江今津駅で

 12時50分に出発。若狭湾へ向けて、緩やかな上りをゆっくり走り、標高230mの峠を1つ越えて、熊川宿で休憩。スキー場をアタックしていたG氏と合流するも、台風の影響で土砂崩れが激しく、途中で断念して、近江今津まで戻ってきた、との事。あとでわかったが、老師も林道が川のような状態で、途中で引き返したために疲労が激しく、宿まで完走する気力がなくなり、美方駅から輪行という奥の手を使ったようです。あの台風は奈良など各地でいい道を破壊しまくったようで、11月に行った大井川上流にある寸又峡谷も寸断されていました。2年前に踏破した支笏湖の南岸ルートもひどかったし、年々、ファンタな道が減っているようです。
 今日の宿地、敦賀まで全長約60kmもあり、午後出発としては、結構ハード。後半は交通量が多くなり、道も単調、しかも風はアゲンスト。なのに、くるみちゃんはいやな顔せず頑張ってペダルを踏んでいる。JR沿いの道なので、いつでも輪行できるのに一生懸命頑張る。おじさんはまた目頭が…。敦賀に抜ける最後の関峠もこぎ続け、宿に着いた時には真っ暗でした。くるみちゃん完走おめでとう、パチパチパチ。

Photo, CLick to Popup  Photo, CLick to Popup
道の駅熊川宿で合流 | がんばる青野親子が後ろに

 宿には、輪行された老師に加え、土田氏(S53卒)、千崎氏、大庫氏のご老人たちが既に別ルートで到着され、まったり寛いでました。ツッタさんにお会いするのは15年ぶりぐらいですが、タイムスリップしたくらい変わってませんでした。クラブ員は総じて若くて老けない法則あり。林道越えを断念した老師は、辛かったはずなのに、実に楽しそうに失敗談をお話されており、健脚は今だ衰えず、そしてよく喋る。千崎氏は、本隊より早めに琵琶湖岸を出発し、三方五湖へ行くも、大雨の影響か、湖岸沿いの道が冠水していて、やむなく途中で引き返したらしい。G氏も同じ道を走り、やはり断念したことを宿で聞く。地図を見ると、5湖全て水面は標高0mであり、水路で海に繋がっているので、道が冠水することはないはずだが、水路を通る水量より多い水が湖に流れ込めばあり得る。そういう意味では、珍しい現象に遭遇したのかもしれない。
 今日の宿泊者は、青野の家族を含め15名。本館が狭いのか、この連中は危ない、と見られたのか、15名全員が別館に隔離されましたが、そのおかげで、夜の宴会は騒いでも怒られることなく、2時頃まで続いていたようです(いつも9時に寝る自分も10時半まで頑張りました)。

Photo, CLick to Popup
別館で宴会


2日目:9/24(土) 敦賀→JR敦賀★→北陸本線旧線跡→今庄→武生→池田 (約70km) 晴れ 宿泊:志津原キャンプ場
 今日も晴れの予報。6時半に起きて、福井では有名な気比の松原(三保の松原、虹の松原と並んで日本三大松原のひとつらしい)を見にいくと、河原青年が(今回最年少なので青年)、赤い顔をしながらふらふらと現れる。彼は、今年、関西OB会に復活参加してくれた頼もしい存在だ。昨晩は最後まで先輩たちと熱く語っていたそうな。二人でぼぉーと、朝からいちゃつきながら投げ釣りをしているアベックを睨みながら、僕は、くいっとワンカップを1本空ける。酔浪氏は近くの金ヶ崎城まで脚を伸ばしてたようだ。朝食後、チャリの調子が悪いツッタ氏が敦賀の名所をのんびり見て廻るから、と先に出発したが、宿代を払ってないことがわかり、酔浪氏からの電話で気まずそうに戻ってきました。おかげで、15名全員の集合写真が撮れました。

Photo, CLick to Popup
松原旅館の前で

 ツッタ氏と青野家族とはここでお別れ。代わりに安藤氏と飯塚氏が敦賀駅で合流し、総勢12名で、今回最大の名所である北陸トンネル旧道へ。ピークの山中峠は標高300m、敦賀から峠までの走行距離は18km。途中から長短9本のレトロなトンネルがあり(地図で数えた)、緩やかな上りが続きます。最後の長いトンネルに入ったところで、ハプニング発生。タケル氏がパンク。暗いトンネル内を約1500m押す羽目になってしまい、11名が出口で20分ほどボーと待ってると、やっとT氏がいつものニコニコ顔で到着。お疲れ様でした。チューブ交換を素早く済ませ、今庄の町まで一気に下り、蕎麦屋で昼食。途中、蕎麦畑がたくさんあり、白い花を一杯咲かせていました。今庄は福井県内では有名な蕎麦どころです(福井県出身者語る)。G氏は心拍数までわかるハイテクのサイクルメーターを持っていて、胸に無線センサーがくっ付く優れもの。食後、みんなに囲まれたG氏は緊張したらしく、どんどん心拍数が上昇していく、面白い(酔浪通信のパクリでした)。ここで、ミニベロで参加され脚が攣りそうな大庫氏は輪行して神戸へ帰っていきました。今日帰る予定の千崎氏も、武生付近でひとり別れ、小丸城址、一乗谷朝倉氏遺跡、永平寺を廻り、福井駅から赤穂へ帰ったそうです(その時は知らなかった)。峠がいくつもあるのに、あの時間から福井まで走るとはすごい、の一言です。河原青年も武生で帰る予定であったが、彼がいなくなるとエッセンで働く奴隷がいなくなるので、説得してその気にさせる。助手としての活躍ご苦労さまでした。

Photo, CLick to Popup  Photo, CLick to Popup
広い所もある北陸本線旧線跡の道 | 最後の山中トンネル出口

 本日の走行距離は約70kmで、今庄から池田町のキャンプ場までは残り40km。途中、近道である標高差250mのダートの上りを全員元気に走り切り(G氏はこの上りが印象に残ったとの事で、幹事として嬉しい感想です)、15時半にはキャンプ場に到着。温泉にさっと入り、エッセン開始。食料は町のJAで調達してクルマで運んでもらったので、あとは作るのみ。献立は、豚汁、焼肉&海鮮BBQ、焼そばなど。BBQ組と豚汁組に自然と別れ、なぜか青年と自分は豚汁、ご老人たちと態度もでかいO氏は楽なBBQ。なので、焼肉を食べた記憶はあまりなく、ずっと豚汁製作の指示をしていた気がする。我が独身妹は、手伝う気全くなく、何故かO氏とニコニコツーショット。管理人から生ごみや空き缶は全部持ち帰れと、チャリなのに言われてたので、最後の方は、みんなでやけくそになって、なんでもかんでも燃やしました。アルミ缶も燃え尽きた。一生懸命竹筒で火に空気を吹き込むタケル氏が律儀で健気でした。片付け後、バンガローで2次会となったが、昨晩の反動か、酒があまり進まなかったようです。酒豪の中国帰りI氏、酒乱のケニア帰りM氏、酒量No.1のO氏、同期3人組のために、たくさんお酒を買ったのに…。特にM氏はケニアで酒断ちしたせいか、昨晩から極めて普通でした。50才を目前に控え、やっと、大人になったようです。良かったような、面白くないような。余った酒は、幹事の責任としてサイドバッグに入れて持って帰りました。こういう時のサイドは便利なのだ。

Photo, CLick to Popup  Photo, CLick to Popup
248九十九折り激坂ダート | バーベキュー


3日目:9/25(日) 池田→清水谷トンネル→一乗滝→一乗谷朝倉氏遺跡→福井= (約40km) くもり
 キャンプの朝は早い。6時前に起きて、すぐ飯炊き。豚汁残りに納豆卵。7時過ぎにはみんなで朝食。残しても困るので、皆必死で食べる。最年長は50台後半の老師M氏、最年少は40台前半の河原青年なので、今は13年の差しかなく、和やかな雰囲気だが、学生時代は3年違うだけで、すごく恐かったのは何故だろうか。

Photo, CLick to Popup
キャンプ場前で

 8時半頃、部旗を前に集合写真を撮り、福井駅に向けて出発。クルマの来ないファンタな峠と普通の峠を越えて、一乗谷へ入る手前で、一乗滝に寄る。佐々木小次郎の故郷との説があり、ここで燕返しを習得した、と銅像に書いてあった。朝倉氏遺跡は、ほんとに跡で、基礎らしき物以外なにもなかった。ソフトバンクCMの犬もいなかった。そのあと、永平寺まで脚を伸ばしたかったが、メンバーの強い抵抗に遭い、断念して、足羽川沿いにルンルンサイクリングして12時過ぎに福井駅到着。近くの食堂で、福井名物のソースカツ丼を食べながら乾杯して無事解散となりました。今日の走行距離は40kmでした。最後は老師の「来年は箱根で秋のランをするから、絶対参加するように!!」で締めました。

Photo, CLick to Popup
一乗滝、小次郎前


関連リンク:
 ツーリング記録 参照(G 9/23~ 9/25)
 RinRin Report 参照(G 9/23~ 9/25)
 酔狼通信217 (9/23~ 9/24)