2015年GW 九州ツアー報告

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大集合@湯坪温泉

by 野田、宮村、石田、那珂 & DAZ(最終投稿日:31 Aug 2015)

日程:2015/4/26(日)~ 5/6(水)
参加:G(計画)、野田、宮村、石田、那珂、浦野、DAZ、アコ、野田潤
コース:=下関→中津→朝倉→唐津→嬉野温泉→島原→菊池→湯坪温泉→高森→五ヶ瀬→五家荘→人吉=

 ツーリング記録 参照
Map, Click to Popup <はじめに>(G記:2016/2/16)
 ここ4年のGWツアーは90年代のように期間が1週間以上に伸びました。今回は昨年同様の10泊11日。ここまで長いのは、91年に行ったRinRin Projectの最初のGWツアーを含めて、まだ3回目です。走る地域は奇しくも最初と同じ九州。その時に一緒に走った中田さんとも再会を果たすべくコース計画しました。
 フルに走るのはGと野田さんだけですが、各メンバがいろいろな形で途中合流します。それで、今回のレポートは指名した方々に分担して書いてもらいました。初投稿の方もいますが、それぞれの見方や文章に個性があり、楽しんでいただけると思います。


1日目:4/26(日) 下関→平尾台→中津 (90km) 快晴
 メンバ:G、野田
 (野田記:2015/6/12)

 神戸の自宅を7時に出て、新神戸駅から新下関駅まで新幹線で2時間。GOKIさんも同じ列車に乗っていて、新下関のホームで1年振りの再会。全然変わってなく、1年前にタイムスリップした感じ。10時前に組み立てを開始し、いつもより順調に進むも、GOKIさんは15分ほどで組み立てを完了して、余裕の表情。
 快晴の中、11時前に出発写真を関西OB会旗と共に撮り、まずは関西OB会の千崎さん推薦の唐戸市場へ。チャリの通行ができない関門大橋を眺めながら西へ進むと、すぐに唐戸市場へとうちゃこお。駐車場へ入ろうとするマイカーがたくさん並んでいて、中へ入るとすんごい人が芝生の上で群がっている。よく見ると、握り寿司をみんな持っている。チャリを壁に立て掛けて市場の屋内へ入ると、すんごい人だかり。握りたての寿司が屋台風の板場に並んでいて、これがここの名物らしい。同じような店が並んでるが、奥へ行くほど混んでいる。特にマグロを扱う店が大変なことになっていて、まぐろ、しゃけ、アジ、イワシ、ウニ、トビコの握りと缶ビールを買って、表へ出ると、ちょうどGOKIさんも出てきて。関門海峡が良く見える芝生に座り、豪華な昼食タイムとなる。千崎さんのおかげで初日から美味しい食事に巡り合えた。

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お寿司でお昼

 今日はハードスケジュールなので、30分ほどで唐戸市場を跡にして、関門トンネルへ移動。入口を勘違いして行き過ぎてしまったが、12時半には20円を払ってチャリ走行不可のトンネル内をまじめに押して歩きながら九州上陸。学生の頃、ここを通ったはずやが、全然記憶がない。GOKIさんも同じ感想やった。門司の町まで海峡側のレトロな倉庫街を通って、長州藩が攘夷の戦いを臨んだ関門海峡に別れを告げる。
 小倉の手前で西から南に進路を変えて、今日の見どころである平尾台に向かう。14時過ぎに入口付近のコンビニに着き、中津までの道のりはまだ長いが、迷わず高低差500mもある平尾台にアタック。意外に車が多く閉口したが、何とか1時間ちょっとでカルスト地形が見える台地に到達。鍾乳洞マニアとしては、平尾台最大の千仏鍾乳洞へ行かなくてならないので、ちょっと寄り道するも、途中に、国内に2つしかないという垂直鍾乳洞を発見してしまい、マニアとしては素通りできず、500円払って入洞。この牡鹿鍾乳洞は垂直に30mの穴が空いていて、洞底まで下ると、横穴が拡がっている。洞底には様々な動物の化石が発見されており、一旦落ちると登れない自然の落とし穴だったようだ。横穴の奥は普通の鍾乳洞やったが、観光化されてなく、人も少なくて神秘感を楽しめた。
 千仏鍾乳洞に向かってカルスト地形を眺めながら進むと、途中から急な下りになり、その突き当りに駐車場があった。急な山の斜面から水が流れ出ており、そこが千仏鍾乳洞の入口だ。そこから500mほどは普通に進めるらしいが、その先は床面を流れる水に浸からないと進めないらしく、入口の売店で無料のサンダルに履き替えることができるが、筆者は元々ビーサンなので全く問題なし。レーシングシューズのGOKIさんはサンダルに履き替えて、リーズナブルな料金を支払って、わくわくしながら洞内へ。入口は狭かったが、中は意外と広く、つるっつるの鍾乳石があちこちにある。10分ほど進むと、幅が狭くなると共に、水中に足を入れないと前進できなくなる。水温が14度なので、最初の内はひやっこく感じたが、その内に沢上りの時のように、感じなくなり、ずんずん先へ。更に道幅は狭くなり、前方から戻ってくる若いグループ連中とすれ違うのも譲り合わないとだめなほど。更に進むと、LED照明がなくなり、その先は真っ暗。でも、そこから戻ってくる人がいるので、聞いてみると、ライトがあればもう少し行けるらしい。スマホのライトを点けてじわじわ進むも、その頃には短パンの裾が濡れるほど深くなってくるが、気にせずがんがん進む。しかし、暗くなって5分ほどで、前面が鍾乳石で完全に塞がっていて水面と石の隙間が15cmほどしかない、「地獄トンネル」というポイントに突き当る。ここをくぐるには上半身も水中に浸けなければならず、カメラやスマホもやばいので、悔しいがここで断念して引き返すことに。GOKIさんもここまで付き合ってくれたので、帰りは神秘的な鍾乳洞内を、GOKIさんを入れて撮影しながら来た道を戻る。往復約40分ほどの冒険やったが、通行禁止などの制約がなく、素晴らしい鍾乳洞に大満足。次来る時は、ヘッドランプや防水などの準備をして絶対、先端まで行くぞ、と誓って、先を急ぐ。

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千石鍾乳洞 | れんげ畑

 時は既に17時。暗くなるまであと2時間ほど。距離はまだ40km以上も残っているはず。30分ほどで平尾台を下り切ると、余裕がないのに、ピンク色に輝くレンゲ畑に感激したので、パチリ。麓の町、行橋(ゆくはし)のコンビニで休憩。中津まではまだ27kmもあり、時刻は18時。ナイトランだけは避けたかったが、無理!!と断念。しかし、ここからはノンストップでGOKIさんがトップで引っ張ってくれて、ほんまのナイトランは30分ほどで済んだ。結局、元々70キロのはずが、何故か91キロも走っており、初日からいきなりハードランとなってしまった。
 宿泊:スーパーホテル中津
 19時半過ぎに無事ホテルへ着き、夕食は近くの割烹料理屋「えん」に入り、板前さんにいわれるまま、カワハギの刺身や肝を注文。高そうやったので、1時間ほどで切り上げ、コンビニで買ったカップラーメンで補充。でも、カワハギはそれなりに旨かったので、それはそれでOKでした。やっぱ、食事は高くても地の美味しい物を食べる方が想い出に残るし、それがツーリングの楽しみにもなるのだ。


【Gコメント】当初、集合を新山口(旧小郡)駅としていた。直前になって距離が長すぎると気付き、集合地変更。前夜は名古屋駅前の24H-Dennysで半徹、寝不足。それでも平尾台への登りからは何故か気持ち良く走れた。学生の時(36年前)は吹上峠から自転車かついで平尾台の中心に抜けたと思うけど、今回は野田に導かれて、ちょっと外れた千仏鍾乳洞に行く。これがメッチャ楽しかった。食事から帰ったら気絶するように寝た。


Photo, Click to Popup 2日目:4/27(月) 中津→本耶馬溪→奥耶馬溪→津民耶馬溪→朝倉(甘木) (99km) 快晴、昼以降暑い
 メンバ:G、野田
 (野田記:2015/7/8)

 GOKIさんが昨日の宿を平尾台から遠い中津をわざわざ選んだ理由は、ここのお城にある、ということなので、いつものように早起きして、いざ山国川の河口と海に面している名城、中津城へ。城址ではなく、再築ではあるものの、ちゃんと天守閣が建っているらしい。お天気は快晴。お城南側の駐車場にチャリを停めて、中津大神宮を参拝してから、朝日に映える天守閣をお堀の外から眺める。天守閣は城郭の中心ではなく、北東の角に立っており、お堀、石垣、そして天守閣のバランスが素晴らしい。このお城は秀吉の命を受けて、あの黒田官兵衛が築城し始め、その後、細川氏が完成させたもので、それぞれの特徴ある石垣が残っている。黒田氏のは古城の加工された石を流用してきれいに積む一方、細川氏のは加工してない丸い石をランダムに積む乱積み式であり、その両方がひと目でわかる石垣帯を見て大いに納得。向かって右側が黒田氏の正積み、左が細川氏の乱積みで、斜めにその境目が走っている。城郭南側の石垣は、崩れにくいように、中央部から両サイドに向かって反っているとパンフに書いてあったので、見に行くと、確かに若干反っているように見えた。そこを写真に収めていると、足にぞくぞく感があり、見ると、黒い猫が自分の足に寄り添っているではないか。びっくりしてその場を立ち去るも、ずっと付いてくるので、もっと見学したかったが、チャリに乗って退散することに。猫は嫌いではないが、あの猫は何故か怖かった。戦国時代の御霊が付いてるのかも。怖い、怖い。西側の山国川という川に出ると、川の左側にそびえる天守閣の上にちょうど朝日があり、パチリ。そして、その景色にワンカップで乾杯。
 中津のスーパーホテルにはGOKIさんの好きな大浴場があり、無料の朝食も、定宿の東横インより豪華で美味しい。ここには東横インもあったが、こっちにして正解やった。本日の見どころは、耶馬溪と英彦山神宮を通る山岳ルート。どっちも32年前に春の九州個人ランで走ったところなので、楽しみや。8時前にホテルを出て、山国川の眺めのいい場所で本日の出発写真。白鷺が川の中州にたくさん休んでいて、走り始めると何故か一斉に飛び始め、我々の旅立ちを歓迎してくれてるよう。暫く河川敷に遡上南下し、国道212号を進むと、耶馬溪という名勝地に入る。青の洞門という、人工的にくりぬいた素掘りトンネルがあり、その途中に横穴が空いていて、青澄んだ川が覗ける。何となく見覚えがある。大昔、岸壁の上を迂回しながら危険な道を通らざるを得なかったのを、禅海という和尚がノミで岩を掘ってトンネルにしたらしい。30年前に来た時は、この道しかなく車が往来していたが、今は対岸に新しい道ができているので、のんびりと3つある洞門を通過。そして、日本唯一の8連アーチ石橋を見てから、昔鉄道だったメイプル耶馬サイクリングロードを通るも、途中で飽きてしまい、国道に戻る。英彦山へのメインルートは川沿いの国道やが、近道の県道プラス山岳林道ルートを当然のように選択。豊前耶馬溪線の県道2号も川沿いやが、結構勾配はきついので、県道に入って30分も走るとしんどくなる。
 ちょうど落合瀑布という滝があったので、休憩がてら川へ下りると、小さ目やけど趣きのある滝(瀑布というイメージではなかったが)が現れ、来てみて正解やった。レーシングシューズのGOKIさんは歩きにくそうやったが、付き合ってくれて感謝。
 更に30分ほど進むと、今度は山城の案内板があり、きれいなトイレもあるので、また休憩に入る。今日もハードランなのであまり余裕はないが、昨日の疲れがまだ残っていて足が重い。案内板には「長岩城址」と書いてあり、計700m に及ぶ石塁や国内で例を見ない石積み櫓を写真付きで説明している。櫓の真ん中辺りには覗き窓のような穴が空いてはる。千崎さんがいたら、泣いて喜ぶやろうな、と思ったので、じっくり見学してカメラに収め、報告したかったが、もぅ11時半。これから更にハードな上りになるため、諦めて先を急ぐ。

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落合瀑布 | 長岩城跡の図

 林道の手前に名勝津民耶馬溪と地図に載っていたが、それらしき奇岩はなく、ちょっとがっかりしながら、相野原毛谷村林道へ。ダートを覚悟していたが、きれいに舗装されていて、順調に越えられると思われたが、ピークらしき嶺を越えても一向に、下りにならない。常備している5万分の一の地図は古く、この林道が載っていないため、参考にならない。遥か下に川が流れているのに、林道は山の斜面から降りようとしない。ピークで昼食と決めていたが、13 時になっても、まだ下りにならないので、カーブの先端で、とうとう諦めて昼食タイムとする。ここの標高は多分750m か。下界で買っておいたコンビニ弁当と、今回の秘密兵器の一つであるクーラーボックスに入れておいた缶ビール。からっからの喉を冷えたビールが通る。めちゃうまい。この至極の時があるから、チャリは止められへん。4月にしては暑い日なので、余計旨く感じる。
 30分後、再び登り始めるも、次の嶺を越えると下りとなり、結果的には昼食の場所がほぼピークやった。英彦山へ向かう国道496号に突き当たる直前、舗装が傷んでできたでこぼこと大きめの石に、前輪を派手にぶつけて、こけなかったもののパンク。これまでバルブ根元が腐ってのパンクはあったが、普通のパンクは記憶がないくらい久しぶりや。それもぶつけた瞬間ではなく、10秒ぐらい経ってからシューと音がし出す変なパンクやった。素早く替えチューブに交換して、英彦山まで再びのぼりが続く。

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林道、ピークはまだ? | 荒れた舗装でパンク、GのFバッグ吹っ飛ぶ

 標高850mの薬師峠からは国道500号となり、15時過ぎに英彦山神社の入口にとうちゃこお。ここから宿のある甘木まで約45km。おまわりさんに聞くと、神宮まではまだ上りがあり、往復1時間はかかりそう、ということで、昔行ったことのある神宮はパスして、西へ。
 JR ひこさん駅からひとつ尾根を越えると、基本、宿まで下りが続く。川沿いの静かな道を下ってると、いきなり100m四方の巨大穴があり、重機が底の方で作業している。あとでわかるのやが、小石原川ダムという新しいダムの建設に絡んで、水を迂回させるためのトンネルを掘っているらしい。この下流にもダムがあるのに、なんのためのダムなのか、無意味な自然破壊に憤りを感じる。
 夕日を正面に浴びながら、昨日同様にGOKIさんに引っ張ってもらい、甘木駅付近にあるビジネスホテル「くまがえ」に、18時前に無事とうちゃこお。
 宿泊:ビジネスホテル くまがえ(甘木駅前)
 夕食はフロントで聞いた、ホルモン焼き専門店へ。この街はホルモン焼きが有名らしい。「甘木名物ホルモン料理元祖白橋」と暖簾に書いている、キタナシュランに出そうなぼろいお店に入ると、ホルモンの匂いが漂っている。カウンターの奥には対象が鉄板でホルモンを焼いている。座敷にはサラリーマン風の5人組がいて、地元に来た来訪者を接待している様子。いいねねええ、地元通のお店やんか、と壁にかかっているメニューを見ると、食べ物はなんとホルモン焼きしかない。それを注文すると、すぐに焼き立てのホルモンが出てきたので、生ビールで乾杯。なんか野菜はないの?、と聞くと、キャベツがあると言う。GOKIさんがご飯はないの?と聞くと、あるという。言えば、何でもでていそうやが、結局、筆者はホルモン焼きとビール、日本酒だけ。でも、通のお店なので、一応満足。でもGOKIさんはたくさん食べれず、ちょっと不満そうやった。20時頃、ホテルに戻り、めちゃ久しぶりのパンク修理をしてから就寝。しかし、そのパンクがのちのち影響するとは…。

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夕日を浴びながら | ホルモンの店

【Gコメント】二度寝したけど、朝食前に官兵衛の中津城へ行けて満足。祟られないように宇都宮鎮房の城井神社にお参りした。青の洞門を抜けて見上げると奇岩の断崖に道が切られているのが見えた。整備して昔の景観を取り戻したそうだ。初めて洞門の価値が分かった。サイクリングロードを外す時に野田が珍しくルートを間違え、余分な坂を上らされたのはご愛嬌。落合瀑布はヒット。昼からはとても暑かったので、疲れたかも。豊前坊と英彦山神社には、そのうちまた来よう。一人では入らないホルモンの店は面白かった。


3日目:4/28(火) 朝倉(甘木)→吉野ヶ里→雷山→唐津 (112km) 曇り→晴れ→曇り
 メンバ:G、野田、(合流)宮村
 (野田記:2015/8/31)

 いつもより遅めの6時に起き、近くの高台にある甘木公園でコンビニ朝食タイム。今日は、大宰府旧跡に寄るというGOKIさんと別れ、ひとり久留米の北西にある吉野ヶ里遺跡へ先着して、時間が合えば、午後に、今日から参加する宮村さんと吉野ヶ里で合流の予定。7時半頃ホテルへ戻ると、もうGOKIさんは出発したようで、チャリがない。午後から雨予報なので、筆者も速やかに出発するも、路側のない狭い県道を30分ほど走ったところで、ふとフロントバッグを見ると、ゴムで固定していた三脚がなく、孫の手も落ちる寸前。貴重な三脚なので、来た道を反対側から見ながら戻ることに。ホテルまで戻っても見つからなかったら諦めるしかないと凹みながら走ってると、10分ほどで反対車線に落ちている三脚を発見。良かったと思ったのも束の間。取ってみると違和感があり、中を見ると三本の内2本の脚が根元から折れているではないか。右側のバッグから落ちたため、路側のない狭い道が災いして、車に轢かれたのだ。1本脚では折角発見した意味がないが、一応左のサイドバッグに縛り付けて、先を急ぐ。
 狭い県道を抜けて、筑後川の気持ちいい河川敷を進み、本日の見どころである吉野ヶ里公園に10時過ぎ到着。ここまで約30km。公園やから無料と思ってたが、400円の入場料が必要で、しかも正門で案内図を見ると、弥生時代を復元している見どころは北の方にあり、結構遠い。しかもチャリは園内通行不可。そこで、広い公園の周りを30分かけて1周してみたが、結局、北の方に入口はなく、東側の正門に戻る。広い公園内を全部見るのは時間的に無理なので、古墳から発見された甕の棺を保存している「北墳丘墓」という場所を目指す。途中、祭りごとが行われていた北内郭には、巨大な祭殿や高床式の茅葺屋根の貯蔵庫や竪穴式住居がたくさんあり、遠足と言うより学習に来たと思われる小学生たちが案内看板の文字を書き写したり、ボランティアおじさんの説明を興味深そうに聞いている。お墓には、2100年前の吉野ヶ里集落を統制していた歴代の王が葬られていたらしく、発掘された茶色の甕がたくさん並んでいる。その中には青銅製の剣や首飾りが置かれてあり、普通の古墳より妙に生々しい。この一帯は魏志倭人伝に書かれた邪馬台国を彷彿とさせる遺跡群らしく。今でも発掘調査がされているよう。筆者も小学生のように、ちょっと賢くなった気分で、小1時間の学習を終えて、チャリに戻ると時刻はもう12時前。

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吉野ヶ里公園 | 甕棺

 GOKIさんにメールすると、まだここに到着しておらず、宮村さんはまだJR吉野ヶ里公園駅で組み立て中。これから、昼食を採って公園を見学するとのことなので、ひとり先行することに。ここから唐津まで川沿いの国道ではめちゃ遠回りなので、計画通り、山を越える約70kmの最短コースを選択。西から北西に進路を変え、県道21号を空腹の中、ひたすら上り、標高470mの大内峠を越えて、「うぐいす」という特製ちゃんぽんのお店を目指す。上ってる途中、雨が降り出したので、今回ラン第二の秘密兵器であるポンチョを取り出す。カッパより蒸れないと思ったが、雨に濡れなくても汗で結構濡れてしまい、上りや暑い時には向いてない。ゴアテックスのポンチョはないものだろうか。
 ツーリングマップに載っている「うぐいす」は地図の場所にはなく、多分町へ下りた所にあると思われたが、結構下らなければならないので、諦めて国道263号沿いにあった名前も店構えも怪しげな「MUSICOLO」というお店に入る。その直前、チェーンが外れチャリを傾けて直した時に腕時計を落としたみたいで、店から戻って探すも見つからず。店内は暗くバイク野郎が好みそうな雰囲気が漂う中、凹みながら名物のステーキカレーを注文。サラダやコーヒーも付いていて缶ビールを飲みながら、のんびり寛いでたら、もう14時半。GOKIさんに「今どこ?」と電話すると、吉野ヶ里公園の見学を今終えて、これから同じルートで唐津を目指すとのこと。吉野ヶ里からここまで1時間半かかったので、待つのを止めて走ることに。時計は残念やったが、お店のお客さんから何故か九州限定のうまか棒を差し入れしてもらい、雨も上がって気分は上々。
 県道39号、佐賀と唐津を結ぶ国道323号を通って、唐津の浜に16時半到着。途中、「エゾシカの肉あります」の看板があり、九州までえぞ鹿が溢れているのか、と驚く。海岸線の道に入ると、松林が延々と続いていて、なかなかの雰囲気。虹の松原と呼ばれているらしく、交通量はそこそこ多いが、気持ちいい森林浴道が続いている。途中、駐車場に入ると、からつハンバーガーと書いたマイクロバスが停まっている。遅い夕食になりそうなので、名物のバーガーを購入。
 まだ、曇っていたが、海岸に出て弓状に広がった海岸線を眺める。5キロほど続くこの虹の松原は福井県敦賀の気比の松原、静岡の三保の松原に並ぶ日本の3大松原のひとつである。虹の松原が断トツで幅が広く長さも三保と並んで最長で日本一の松原らしい。確かに松の密度が他とは違い、走っていても気持ちが良かった。松林を抜けると、唐津城がみえ、今日の宿はこの近くの民宿「富久家」。110kmも走ったが、17時過ぎに無事とうちゃこお。お風呂に入り、部屋で缶ビールを呑みながら、からつバーガーを食べてると、18時半頃、唐津駅に着いたとGOKIさんから連絡が入り、駅まで迎えに。

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虹の松原 | 唐津城のマンホール蓋

 宿泊:旅館 富久屋
 夕食は民宿お奨めの居酒屋「風林火山」。烏賊で有名な呼子の烏賊まるごとに驚きながら、3人で今日のラン報告と明日のコースについて話し合う。明日も雨予報やが、GOKI さんが是非行きたいという名護屋城跡に寄ってから嬉野に向かうため、きつい峠はないものの、100キロ以上ありそう。

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呼子の烏賊


 >>>Gと宮村の走りはGOKIレポート参照。
【Gコメント】Gは早朝に太宰府旧跡へ向かい、吉野ヶ里駅で宮村と合流の予定。うまくすれば野田とも合流できるはずだったが、時間が合わず唐津まで終日別行動となった。そのレポートも読んでください。


Photo, Click to Popup 4日目:4/29(水) 唐津→呼子(名護屋城址)→伊万里→嬉野温泉 (96km) くもり→晴れ
 メンバ:G、野田、宮村、(合流)石田
 (宮村記:2015/5/9)

*出発まで
 5時30過ぎぐらいから朝食前ポタリングに虹の松原へ。そこに入ると松枝トンネルが続く(高さ2.8m以上制限)。10分ほど走り、三分の一ほどで進んだところでUターン、唐津城へ。早朝バラバラに出て行った3人が図らずも唐津城で集合。ただし、3人バラバラに朝食。宮村は、おじいさんおばあさんたちのラジオ体操と唐津湾を見晴しながら前日購入したパンと牛乳で。
 宿に戻って出発準備。野田さんがアキレス腱を腫らし、宿でシップを尋ねたらあるとのこと。ロキソニン配合シップ7枚セットを500円の割安価格で購入。出発時、野田さんは「みんなと感じ違いますね、このゴムぞうりで行くの?」と宿の女将さんに面白がられていた。


*名護屋城跡
 7時50分ごろ、一路、名護屋城跡へ。9時20分ごろ、名護屋城跡に到着。石垣が広範囲に施され、巨大な城だったと感じ取れた。周辺には多くの大名の陣があったとのこと。隣に前田利家、川向いに徳川家康、黒田長政。散策しながら良く見ると石垣がところどころ崩れていた。朝鮮出兵を取りやめ各陣が去るときに使えないように官兵衛が崩したらしい? 10時30分ごろ出発。

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名護屋城跡

*名護屋城跡から伊万里
 東松浦半島の海岸側中心に一部ショートカットが入る行程。アップダウンがかなりきつかった。2時ごろ伊万里着。橋の欄干が伊万里焼の壺だった。にぎやかと思いきや静かだった。野田さんが伊万里牛ハンバーグの軽食店を目ざとく見つけ、ここで昼食。1人はハンバーグ+ライス。これはサガングルメコンクールで3年連続1位とのこと。2人はコロコロハンバーグカレーセット(コーヒー付き)。コンクール14年度グランプリとのこと。コーヒータイムにハンバーグの1人にもコーヒーをサービスしてくれた。うれしい。カップが珍しい模様だったので伊万里焼かと思って裏をみるとタイ製だった。2時40分ごろ出発。

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リアス式海岸 | 切子でたまらず休憩
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棚田 | コロコロ伊万カリー

*伊万里から有田、波佐見、嬉野温泉へ
 川沿い、まあまあ平地、追い風走行。有田に入るあたりから車が増える。途中、GOKIさんロスト(理由は彼に尋ねてください)。15時30分ごろから16時15分ごろ まで有田。柿右衛門記念館を見学。このかっこうで柿右衛門陶磁器コレクションコーナーも回った。場違い。波佐見では人がさらに多かった。生活用の陶器市をしていたようだ。17時40分ごろ、嬉野温泉一休荘着。

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柿右衛門 | 焼き物市

 宿泊:一休荘
 宿で合流予定の石田さんは先に、鹿島から入り到着していた。その後、宿で岩風呂温泉と品ぞろえが多い夕食を楽しんだ。朝は名物「温泉湯豆腐」が出るとのこと。楽しみ。


 >>>石田の合流までは石田レポート参照。
 >>>野田レポートも参照。
【Gコメント】早朝、虹の松原の中の地道を走って楽しんだ。昨日の後半から今日通る地域には全く来たことが無くて、名護屋城址に行けるのを楽しみにしていた。実際に見たら想像よりはるかに大きく広くて、とんでも無いぞ、秀吉!と思った。歴史好きの息子にも見せてやりたい。アップダウンにめげて切子で休憩。地面にくつろいで、おばちゃん手製のぼたんだんごとイチゴを食べていたら、おっちゃん(83才)に話しかけられた。年金暮らしと勘違いされたことが最後になって判明。まあ、もうちょっとなんだけども。


Photo, Click to Popup 5日目:4/30(木) 嬉野温泉→大村湾→諫早→島原 (97km) くもり
 メンバ:G、宮村、野田、石田、(合流)那珂
 (石田記:2015/5/26)

 昨夜半から嬉野温泉の夜は一晩中雷雨で、後日新聞によると長崎市内では雨のため崖崩れがあったとのこと。しかしながら朝方になると雨も上がり、野田は朝の5時に起床して「シーボルトの湯」へ出かけていた。宿の朝食には予定どおり温泉湯豆腐がつき、卵料理を目玉焼きにする人は二つの鍋。さらには食後のコーヒーをお代わりして準備万端。
 8:17 宿出発
 野田から、ペットボトル入り嬉野茶購入希望があり、嬉野温泉内を探して丁度店を開いた茶屋さんにて購入できた。実際、嬉野温泉にはお茶屋さんが沢山あるが、さすがに8時過ぎに店を開けるお店は少ない。
 ゴキさん、宮村さん、野田は肥前鹿島方面に向けて出発、石田は昨日来たコースを避けて大村湾経由のコースを取り、長崎空港から出発する那珂と合流することにした。
 9:10 俵坂峠 6.7km
 9:15 道の駅彼杵(そのぎ)の荘着 7.2km
 彼杵の古墳(ひさご塚)、東彼杵町歴史資料館見学。このあたりも嬉野と同じくお茶の産地で、彼杵茶は九州でも有数のお茶の生産地。道の駅出店コーヒー店の親父から声掛けあり。川崎、溝の口からと言うと、溝の口駅の立ち飲み屋の話題で意気投合。駒沢大学に在籍していたそうで、九州の地にて地元川崎関係者に出会うとは驚き。

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彼杵の古墳 | 大浦慶と彼杵茶

 10:35 国道34号松並交差点にて那珂と合流。今回はタブレット端末に地図を示してのトライアルをするそうで、その使い具合の詳細は彼のレポートを待ちたい。
 11:50 諫早眼鏡橋にて記念撮影
 諫早城は既になく、諫早城址となっている。近くの眼鏡橋が観光地となっていた。眼鏡橋は天保の時代に川に架けられたが、昭和の水害において拡幅される川から現在の公園に移転された。
 12:30 昼食 Joyfull(諫早市小豆崎218-1)にて。
 Joyfullは九州におけるファミレスチェーン。近くにリンガーハットもあったが、こちらの店は関東にもあるという那珂の意見で却下、Joyfullを選択した。チキン辛味噌和食セット \580。

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諫早眼鏡橋

 14:05 諫早湾干拓堤防道路(潮受堤防)にて野田と合流。
 前夜、地図を見てコースを検討していた時、諫早湾干拓堤防道路が細い線で記載されているが走れるのだろうか?という疑問が湧き、スマホによれば農道になっていることが判明。翌朝宿の主人に尋ねると、諫早から島原へ抜ける重要なルートになっているそうで、社会的にも物議があるこのコースが本日のポイント(途中集合地点)となった。

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北部排水門 | 堤防上道路(島原方向)

 諫早湾干拓堤防道路ふるさと農道(いさはやわんかんたくていぼうどうろ ふるさとのうどう)は、長崎県諫早市高来町と雲仙市吾妻町とを結ぶ広域農道。2007年(平成19年)に開通した。諫早湾干拓事業で構築した潮受堤防上に道路を建設したもので、佐賀県鹿島市・太良町方面と国道207号を通り島原半島の雲仙温泉・島原市方面との間を諫早市中心部を通らずに行き来することができる全線7kmに渡ってほぼ直線の道路である。諫早市高来町側(北部)と雲仙市吾妻町側(南部)にそれぞれ水門がある。漁業者による開門を求める裁判があり、現時点で農水省はこの事業で閉門中の水門の開門調査を実施する方針であり、潮受堤防の北部においては開門反対ののぼりが目に付いた。
 15:15 南部排水門にてゴキさん、宮村さんと合流し、島原に向け出発。70.77km
 追い風に乗って走り、16:50 民宿花月着 96.69km
 宿泊:民宿 花月

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シンプルな夕食

 >>>宮村・GOKIの走りは宮村レポート参照。
 >>>野田の走りは野田レポート参照。
 >>>那珂の合流までは那珂レポート参照。
【Gコメント】朝から三つのグループに分かれる。昼2時に諫早堤防で合流の予定(来なければ先に行く約束)。石田は大村湾に出て那珂と合流し諫早経由。Gと宮村は元々は野田提案の多良岳経由。脚の調子が悪い野田は有明海沿いをゆっくり行く。それぞれのレポートも読んでください。


Photo, Click to Popup 6日目:5/1(金) 島原⇒フェリー⇒熊本→菊池 (70km) 快晴
 メンバ:G、宮村、野田、石田、那珂、(合流)浦野
 (那珂記:2015/5/24)

 みんな自然と朝5時起きで、各自散策に出かける。海岸に出て朝日の写真を撮っていると、堤防沿いにジョギングしてきたおじさんが、「阿蘇の噴煙の写真は撮ったかね?」と話しかけてきた。海の向こうに見える山々の間に阿蘇の噴煙が見えるという。言われてみれば雲と見紛うばかりの噴煙らしきものが横に流れているようだ。風が無ければ真っ直ぐ上に伸びるそうだが、地元の人にもあまり知られていないそうだ。因みに海の向こうに見えた二こぶの山は熊本市街の西側にある金峰山と三乃岳。右手のほうには三角半島の山々が見えた。
 このあとは山手のほうに登り、時鐘楼、武家屋敷、島原城と回る。途中で通りがかった中学校の塀は、石垣+白壁のお城風となっている。
 宿に戻って7時の朝食、8時過ぎの出発。こちらもお城のような構えの島原駅に立ち寄ってフェリー乗り場に向かう。8:35の船に乗り、遠くなっていく普賢岳を見送り熊本へと向かう。

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中学校の塀 | フェリーから普賢岳

 上陸後、野田が三脚を買うというので、Gokiさん、宮村さんとは別れて石田と共に3人でビックカメラに立ち寄る。今まで使っていた三脚は車に踏まれて壊れてしまったとのこと。まわり2人の勝手なアドバイスにめげず、なぜかピンク系の可愛らしいものを購入。いつものキャンピングの自転車の雰囲気とのギャップが意外な感じ。
 この3人は中田の結婚式で熊本城を訪れたので今回はこれをパスして、下江津湖を目指して木部川沿いを走る。湖畔は水前寺江津湖公園となっていて木道も整備されているが、特に何を見るともなく通り過ぎて上流の上江津湖へとサイクリングロードを走る。突然遠くに観覧車が見えたり脇に象が現れたりちょっとびっくり。実は熊本動植物園となっていた。上江津湖はきれいな公園になっていて、春の日差しの下、爽やかな風に吹かれて昼寝をしたい気分。だが時間もないのでこの先の水前寺公園に向かう。この間も水路沿いを走るが、湧き水だからこその完全透明で極めてきれい。到着するとまずは昼食ということで、公園入口の味千拉麺という店に入り、石田推薦の太平燕という春雨風の麺と、ちゃんぽん、皿うどん、チャーハン、パイコー丼を注文。ん?、何人分だっけ?Gokiさんと宮村さんはすぐ近くで既に昼食を食べているらしい。13時頃に水前寺公園に入園したところでようやく再開できた。が、先ほど5人前を食べた3人は腹が重いので先ずは園内を散策、Gokiさん宮村さんは熊本城へと出発、というわけで再び別行動。園内は池の向こうに富士山をあしらったという小山が配された美しい庭園。鷺の魚捕獲を目撃してから、稲荷神社、細川公の銅像、能楽堂(?)、古今伝授の間と一周して14時頃出発。

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江津湖公園 | 水前寺公園

 JR豊肥本線沿いに走って宮本武蔵の墓がある武蔵塚へと向かう。写真に撮った看板によれば、宮本武蔵は1584年播磨国生まれで、武道の奥義に関する「兵法三十五箇条」を残しているが、文人として水墨画の名品も残しているとのこと。
 ここから北上して合志市を経由し菊池市に入る。今日から参加の浦野は佐賀空港からソロで走って既に宿に着き、その後菊池渓谷を走っているらしい。宿の様子を聞いたが周囲には買物できるところはないというので、ここでもドラッグストアのコスモスに入り酒類の買い出し。商品の並びが同じなので探しやすい。500mlのビール6本、900mlの日本酒、氷1kg、つまみ若干を野田のサイドバッグに詰め込み、宿までの登りを頑張ってもらう。ホントありがとう。

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がんばって

 宿泊:きくちふるさと水源交流館(廃校を改装した宿)
 今日の宿はH12年に廃校となった中学校跡。校門では先に着いた浦野とGokiさんが待っていてくれたが、宮村さんはまだという。聞けばラーメン屋を2件回るのでGokiさんと別れたとのこと。5人前を3人で食べたのより多い。宿の部屋や風呂などはきれいに整備されて快適な上に、本日の宿泊客は我々5人のみ。夕食準備は女性一人でやってくれていたが、ご飯をよそう際に釜の中を見た浦野が「ご飯はこれだけですか?」とプレッシャーをかける。結果的には、おかわりしなかった者もいて少し余るくらいであった。デザートは白いゼリー状の中にイチゴが入っていて美味しかったが、後で聞いてみたら白いのはライスミルクプリンだそう。さらに食事の際に飲んだ持ち込みビールの空き缶の処分を尋ねたら、予想通り持ち帰りを、とのことだったが、「でも皆さん自転車なんですよね?本当はダメだけど特別に」、と言って引き取ってくれた。優しいお姉さんの対応に感謝。
 引き続き食後は技術家庭科室(?)に場所を変えて飲み会。明日のコースはなかなかこれといった決め手がなく、どうしたものか悩む。で、地図を眺めていたら「地底博物館」という文字が目に止まり、調べてみると東洋随一の金山であった所だそうだ。なんとかここを通るルートが成立そうなので、安心して就寝。

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乾杯

 >>>浦野の合流までは浦野レポート参照。
 >>>野田のレポートも参照。
【Gコメント】朝は普賢岳噴火の時に埋まった家屋を見てきた。一部は当時そのまま、一部は屋根をかけて保存。99年に来た時はここまで通れる道が一本しか無かったと思うが、今回は道路が増えて探すのに手間取った。旅の途中のフェリーはいつも気持ち良い。阿蘇から噴煙がたなびいている。活動期に入ったのかなあ。水前寺成趣園は何度も行って好きなところ。今回は南の江津湖から向かうルートにした。これがとても良かった。熊本城から宮村と別れ、宿までソロで走ると、買出し組を追い抜いていた。ここ数年、毎ツアーで廃校の宿を組み入れている。今回もスタッフが親切で食事が充実していて良かった。
【宮村コメント】5時すぎ朝食前に普賢岳火砕流あとを見学に出かけた。その地は整備され記念公園とされていたが、一部被災当時を残していた。家々が火砕流に飲み込まれおり、振り返ると普賢岳がこちらを見下ろしていた。自然の驚異。合掌。熊本に渡り水前寺公園への道は、阿蘇からの伏流水が利用され、この地の豊かさを感じた。人が自然と共栄している。ここからは若干食の話。水前寺公園の食堂で熊本ラーメン1杯目。有名店にも行きたいと思い熊本城でGOKIと別れ、黒亭へ30分ならび熊本ラーメン2杯目、高ランキングだけあり豚骨と焦がしニンニクのインパクト良。この日の宿“きくちふるさと水源交流館”への上りが予想よりキツし。夕食はいい感じでした。
【石田コメント】朝は5:30 に起きて朝食前に、島原城、武家屋敷、涅槃像を散策した。島原城は当然外観のみの見学であったが、織田信長から豊富秀吉の城を作る技術が九州において確実に実行されていることに驚いた。涅槃像はビルマの竪琴の世界と思っていたものが日本にもあることを再認識し、その後名古屋にも涅槃像の存在を見つけた。熊本では太平燕が有名と聞いていたので水前寺公園で昼食時見つけたお店で昼食。結局のところ、この店で太平燕だけでなく多くのメニューを食べたと思う。本日の宿は廃校を利用した観光、または健康増進活動施作の一環。翌朝お会いした役場の担当の方はサイクリング人口をこの町に呼び込み活性化に役立てたいとのこと。なかなか大変だ。


Photo, Click to Popup 7日目:5/2(土) 菊池→中津江→小国→湯坪温泉 (77km) 晴れ
 メンバ:G、宮村、野田、石田、那珂、浦野、(合流)野田潤、DAZ、アコ、(夕食)中田
 (那珂記:2015/5/24)

 今日も早起きして散策。でもよくあるように田舎の学校はその地域の一番高いところにあって、どこに行くにも下るので戻ってくるのが大変そう。なので歩いて行ける範囲だけ。近くにあった「天地元水神社」の由来が面白い(詳しくは写真参照)。
 本来8時の朝食は予めお願いして7時半に早めてもらった。ご飯の量については、くだんの女性曰く「多めにしました」とのことであったが、ぎりぎり丁度よかった感じ。ところでこの女性、この土地の人かと思ったら関西出身でIターン組とのこと。ご主人と共にバイク好きで、北海道やら九州やらを走っていたが、ご主人が林業の職に就くにあたり、広大なこの地を好んで決めたそうだ。
 自転車の客は珍しいとのことで、出発時には宿の人(役場の人?)が写真を撮ってくれた。広報やHPなどに掲載されるかも。
 8時過ぎに出発。昨晩決めたように地底博物館を目指して県道133を北上する。途中、9時過ぎに龍門ダムが見えるところで休憩。さらに登り進んで10時過ぎ、宿の人が教えてくれた湧き水で熊本名水100選の一つ「穴川名水 お滝」に到着。岩場に降りておいしい水を汲む。みんな500mLのペットボトル。野田は2Lのペットボトル。ここから間もなく大分県との県境となる穴川峠。ここを下ると今日のメインである地底博物館こと鯛生(たいお)金山がある。11半ごろに坑道に入る。気温は12度。ウィンドブレーカを着て丁度いい。

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龍門ダム付近(道路水没が見える) | 穴川名水

 鯛生金山は1894(明治27)年に発見され、1972(昭和47)年に閉山。この間、英国人・ハンター氏により近代化され、昭和12年が産出量ピークで2.3ton/年、延べ40tonの金を産出した。世界の需要が?ton/年、などと音声解説が流れていたが頭のメモリ容量が少なくて記録が残っていない。各自ネット等で復習を。

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鯛生金山

 坑道を出て昼食。食べ終わると時は既に13時半。R442、R387で宝泉寺温泉方面に向かう。途中、小国町あたりで玉名から車で駆けつけてくれた中田に出会う。中田はトップを独走していたGokiさんに声をかけたが、Gokiさんは中田のことを地元のおじさんだと思ってスルーして先に行ってしまった。後続のメンバーはここで小休止。荷物を車に載せては、という中田の勧めで何人かの荷物を載せてもらう。身軽になった野田は浦野と共に「はげの湯」経由の林道で湯坪温泉にショートカット。他メンバーはもしかしてのダートを嫌って宝泉寺温泉経由の安全策とした。が、予定よりひとつ手前で右折して県道680号で「柴やかた峠」に向かってしまったので、途中で町田バーネット牧場方面へと軌道修正。ただ、登りはきつい。県道40号に出たところで丁度18時。電話で別動隊に確認すると、野田・浦野組や中田、本日より参加の3名は既に宿に到着して風呂に入っているという。こちらが最終組となってしまった。湯坪温泉までの残り3kmはまだ登りが続くと思っていたが、ほとんど平らだったのでとても助かった。

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柴やかた峠からバーネット牧場方面へ

 宿泊:民宿 なか
 夕食では中田をはじめ、みんな元気に再会できたことを祝して乾杯。といっても中田はこのあと車で帰宅するのでノンアルコール。差し入れしてもらった日本酒の「れいざん」「美少年」、馬刺のつまみ、しらぬい(デコポンの品種改良品?)、どれも美味しかったです。自宅の玉名までは2時間もかかるということで、21時過ぎには名残を惜しみつつ又の機会を楽しみにお別れ。

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中田登場 | 乾杯


 >>>DAZ、アコの合流まではDAZレポート参照。
 >>>林道に別れた野田と浦野の走りは野田レポート参照。
【Gコメント】菊池を宿泊地に設定したのは中田との合流を実現するための苦肉の策。良い宿は取れたが肝心のコースのポイントは全く見つけられてなかった。前夜のコース検討で、地図から地底博物館を見つけ出したのは、さすが那珂。これは大ヒットだった。最後の宿までのルートでミスったのはご愛嬌。中田とは91年のツアー以来24年振り。大病したそうだが元気そうで良かった。ツアー人数はこの日が最大。
【宮村コメント】朝、外に出ると阿蘇の噴煙がたなびいていた。近くに火山を感じるのは久しぶりだった。鯛生金山坑道見学は秀逸でした。合流した中田くんは闘病したそうだが、若いころと変わらず穏やかだった。
【石田コメント】鯛生金山の見学は予想外に興味深いものであった。時間が経つのも忘れ坑道を見学。九州のみならず日本の金発掘の歴史に触れることができ、勉強になった。本日の宿である湯坪温泉までの登りはきつく、せっかくミニベロできたのだから中田に自転車を回収してもらうべきだったと後悔しながら、結局中田は回収に来てくれず、なんとか走って一番最後に民宿なかに到着。この宿は(この付近の宿も)民宿なのに、広い庭とその中に色々なお風呂があるのは満足だった。今回のランの目的の一つは中田との再会であり、これまでと同じように何気なく会って元気であることを確認できたことが大きな収穫だった。中田はまだ体調が全快ではなかったかも知れないが、少しはお互いに生命力の交換ができたと思った。
【浦野コメント】急遽行くことになった鯛生金山地底博物館は思いがけず見応え充分。小国で同期の中田と遭遇。先行のGokiさんに声がけするも「地元のおっさん」と思われたそう。宿では久しぶりにゆっくり話せた。元気そうで何より。


Photo, Click to Popup 8日目:5/3(日) 湯坪温泉→筋湯→合戦群→象ガ鼻→日ノ尾峠→阿蘇高森 (62km) 雨
 メンバ:G、野田、那珂、浦野、野田潤、DAZ、アコ、(離脱)宮村、石田
 (那珂記:2015/5/24)

 いつも通り早起きするが、天気はあいにくの雨。まずは露天風呂へ。昨日は到着が遅くなってバタバタしてしまったが、落ち着いてみるとこの宿は民宿ということだが旅館っぽくてなかなか良い感じ。せっかく同じ名前なので記念に浴衣をゲットしたかったが、つい忘れてしまった。さて各自雨対策をして8時頃出発。天気が良ければ草千里経由で阿蘇の景色を楽しむ予定であったが、天気が悪いので日の尾峠経由で最短ルートとする。
 県道40を少し南下すると筋湯温泉街の入口。ここで左にそれれば県道だったが、道なり真っ直ぐに温泉街を通り抜けようと思ったのが間違いのもと。道は細くなり、行き止まりになったり、激坂に出くわしたり。なんとか県道に復帰すると九重森林公園スキー場までもうしばらく登り。今日のポイントである象ヶ鼻に向かうには、ここからの下りの途中、オートキャンプ場あたりで県道から右に分岐して黒川温泉方面に進むが、そのポイントが2か所ある。1か所目で分岐しようとしたら、誰かが何とかだからということで(どんな理由だったっけ?)、もう少し県道を下って2か所めの分岐で右折。ところがここで看板を見ると、キャンプ場施設につき黒川温泉に通り抜けできない、ようなことが書いてある。なんとかならないかと行ってみるとバリケードがあって通行料300円を払えば通れる、とある。お金払って進むか?、さっきのところへ上り返すか?。一つ目のところで分岐しておけば、と悔やむ思いはあるが、今日のこれからの行程と天気を考えれば迷うことはない。

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筋湯温泉 | 通り抜け禁止?

 黒川温泉から象ヶ鼻へのルートは複雑できちんとトレースできないが、R442を横切って小田温泉近くで10時ごろ。
 このあと象ヶ鼻の先までスーパーマラソンの練習会(?)とかがあって、雨の中走っている人達と抜きつ抜かれつ状態に。象ヶ鼻近くになると勾配も緩くなり、高台の景色が広がる。天気が良ければさぞ気持ちよく走れることだろう。降り続く雨ではないが、景色をみるために休憩しようという気にもなれず、結局象ヶ鼻のピークに到着した12時過ぎまで走り続けることになってしまった。
 下りは外輪山に囲まれたカルデラ盆地を広く眺めながら、でも濡れた路面に気を付けながら。下ったところでみんなを待つが、アコちゃんが転倒したとのこと。5年ぶりのランで感覚鈍った?ヘルメットがデコボコになるくらいだからかなりの衝撃だったのでは?とりあえず大丈夫そうに見えたが、後の話によればかなり体にダメージがあったらしい。石田はブレーキの効きが悪くて苦戦しているとかで、さらに遅れそう。とりあえず宮村さんの電車の時間もあるので、ゴキさん、宮村さん、浦野、那珂で宮地駅に向かう。追い風に乗って気持ちよく走っていると、「宮地駅方面」と書かれた地味ローカルな看板があってそれに従って進むと、なぜか阿蘇駅方面に。宮村さん的には丁度よかった。後発隊は迷わず宮地駅に到着しているとのことで、宮村さんとお別れしてからそちらに向かう。

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象ヶ鼻 | 後発隊は順調に進む

 石田はここで輪行。残りのメンバーは駅近くの食堂で昼食。今日初めての大休憩ということもあって、¥2,000のカルデラプレートを奮発。他のメニューの人もいたがご飯は全員大盛り。コーヒー飲んだりして落ち着いていたら、なんともう2時過ぎだ。距離はあと20kmほどだが日ノ尾峠は400m-upなので、5時到着は絶望的。でも、相変わらず雨は降ったり止んだりで、特に休むことなく静かな林道を楽しみながら登っていく(そうできるくらいの勾配)が、路面に積もった火山灰が雨で泥状になってハンドルをとられそう。いつのまにか(?)先行していた潤子ちゃんはトップで峠に到着。4時前にはみんな揃って下り始める。途中には土石流の爪痕で大きな岩がゴロゴロ、なぎ倒された木々がたくさん。もう少し下るとバリケードがあって、ここからは牛の放牧エリア。通過したらバリケードをちゃんと閉めておかないと牛がどこかに逃げ出してしまうわけだ。中に入ると道路際にいた牛3頭がこちらを睨んでいるようで、自分との間に柵も何もないとちょっとコワイ。このあとは順調に進んで5時過ぎくらいに休暇村に到着。

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日ノ尾峠 | 放牧牛の中へ入る

 宿泊:南阿蘇休暇村(テント泊)
 今日はテントふたつに7人。部屋割り(テント割り?)をどうするか?「ゴキさん、浦野、那珂;3人」/「DAZアコ夫妻+野田兄妹;4人」という浦野案に野田兄が猛反発。「どうして俺を仲間はずれにするのか?」、と。間髪入れず、「そりゃ夜ウルサイからでしょ!」、と野田妹のツッコミにみんな大笑い。いやいや別に仲間はずれということではないので、男組テントのほうへどうぞ。
 本日のエッセンはカレー。このキャンプ場は鍋、飯盒、食器、洗剤、タワシ、薪、着火剤から食材まで全てセットされているので楽チン。まだ雨が止まなかったので、屋根付きスペースに移動して美味しく食べた。食後はテントに集まり、昨晩中田が差し入れてくれた酒やつまみでしばし歓談。

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エッセン準備 | カレーです

 >>>野田レポートも参照。
【Gコメント】筋湯→合戦群→象ガ鼻で阿蘇に向かうコースは気持ちの良い道なのだが、今回はいつもと逆に辿る上り。そして本格的な雨。皆結構しんどそうだった。途中いつも止まる星和の神社前にモダンな作りの小学校があったが、残念にも既に廃校。象ガ鼻への上りでは、ランナーたちとの抜きつ抜かれつが気持ちを落ち着かせてくれた。日ノ尾峠は、車が来ないので雨にはちょうど良かった。放牧エリアで牛たちが逃げて行ったときは正直助かったあ。那珂、ごめん。筋湯からの下りでコース指示をミスったのは私です。アコ氏には下りで声がけしておくべきだった。
【宮村コメント】あいにくの雨でしたが、象ケ鼻あたりからの眺めは大自然の壮大を感じた。外輪山から降り皆と別れ、少し走り13時ごろ阿蘇駅着。JRで福岡空港へ。
【石田コメント】私の最終日なのに(だから?)出発と時を同じくして雨が降り始めた。象ヶ鼻まではマラソンの練習と前後して走り、下りになると雨に濡れたブレーキは全く効かず、途方にくれた。やはり20インチのミニベロで、部品もそれ程ハイレベルのものでないので、雨中のハードな下りは棄権した方が良かったと後悔。
 >>>別れたあとについては石田レポート参照。
【浦野コメント】夜のテント内はいびきの大合唱。いつも真っ先に寝入る(いびきをかき始める)のは野田と決まっている。ダズに言わせると自分もいびきをかいているそうだが、こういう時は先に寝たもん勝ちだ。
【DAZコメント】朝から雨に降られ、象ヶ鼻の下りではアコの転倒、といろいろ大変でしたが、下りきって石田さんを待つ間にキャンプ用椅子と日本酒を取り出して一杯始める野田さんの余裕には感じ入りました。アコは5年ぶりとは思えない快調な走りをしていましたが、転倒による怪我は(後で見ると)肘・膝とも傷と腫れと内出血でかなり痛々しく、その後はかなりしんどかったようです。もうちょっと気を遣ってあげれば良かったなと(後で)思いました。


Photo, Click to Popup 9日目:5/4(月) 阿蘇高森→高森峠旧道(部分)→天の岩戸→高千穂峡→五ヶ瀬 (90km) くもり
 メンバ:G、野田、浦野、野田潤、DAZ、アコ、(離脱)那珂
 (DAZ記:2015/5/24)

 キャンプ場で用意してくれた朝食は、ロールパン3個とジュース、バナナ、ゼリーというもので、宿での朝食に比べるとあっさりしたものだった。昨日一日雨の中を走行したため、給油、ブレーキ調整、汚れ落とし等を各自行ったりして7時40分出発。今日は距離が長いのと、本日帰路につく那珂さんが高千穂から熊本方面へのバスに乗れない場合も想定して、早めの行動を目指す。
 浦野さんは白川水源へ往復した後に本隊に追いつくこととし、他の皆さんは高森峠へ直行。走り出してすぐ、野田さんがキャンプ場にマグカップを忘れたことに気づいて引き返したので、国道325号に出たところで待機した。ここで自転車の汚れ落としをしていたアコが、自転車のヘッド部下縁に2cm程度の亀裂を発見。おそらく昨日の転倒で生じたもので、塗装面だけでなく金属も割れているように見えるが、定かではない。とりあえず様子を見ながら走行することとなるが、今後の行程に耐えられるか、という心配と、ツアー後にはフレーム交換が必要かも、という可能性で、改めて転倒によるダメージの大きさを感じた。

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フレームにクラック!

 前夜の打ち合わせで、高森峠は旧道を通る、となっていたので、県道28号から続く九十九曲を登っていく。千本桜(高森自然公園)を通り、新緑の中の道は車も殆ど来ないし、気持ちが良い。峠にはゴキさん、潤子さん、アコが待っていた。ほどなくして野田さんからゴキさんに電話連絡が。僕らの今いる峠(新国道トンネルの南側)の少し手前の分岐を左に行き、新国道を横切って、新国道トンネルの北側を越えるのが本当の高森峠旧道であり、野田さんと那珂さんはそちらに向かっているとのこと。僕らのいる峠をそのまま下ると、高千穂へ向かう国道325号に復帰するためには1kmほど登り返さないといけないが、野田さん那珂さんが向かっている峠は下ってそのまま325号に繋がるのも利点である、ということで、潤子さんはせっかく登った道をいったん戻って野田さんのいる方へ向かう。ゴキさん、アコ、ダズはそのまま下って、草部あたりで再合流しようということになった。

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高森峠旧道 | 新トンネルの上のピークで

 下って国道265号に出たところで、白川水源に行っていた浦野さんと連絡がつき、追いついてきた。ちょっと登り返して国道325号に出て、東に下る。この道は7%程度の下りだが、直線部分が長く続きスピードが出せる。奥阿蘇大橋を渡ってすぐのレストラン(うま屋)の前で、9:50野田さん達と再合流。ここで浦野さんの水源土産、「名水まんじゅう」(シャーベット状態)を頂く。1km弱進んで草部の物産館でトイレ休憩。
 さらに国道325号を進み、11時に高千穂町「トンネルの駅」着。ここは工事中止となった九州横断鉄道のトンネルを神楽酒造が貯蔵庫として利用しているところで、見学もできるし併設の物産館では焼酎等の試飲も出来るので、やっぱりここは色々試飲してみる。で、高千穂町の市街地に入る少し手前にあった良い感じの「たかちほ食堂」で、少し早目の昼食タイム(11時半~12時半)。チキン南蛮定食大盛り+食後のコーヒーで、満足。朝食が質素だったので、しっかり食べられて良かった。
 さてここから、那珂さんはバスセンターに行き、高千穂からのバスに乗れるか確認に向かう。他の皆さんは、朝の時点では決めてなかったのだが、結局は天岩戸神社へ向かう流れとなり全員で見学(13時~13:40)。那珂さんも16時発のバスに乗れることが確認できたので、再合流した。境内に、ご寄付の樽酒が「ご自由に」と置かれていたので、やっぱりここは有難く頂く。木の香りがさわやかでとても美味しい。神社の人に案内を申し込むと、天照大神が御隠れになったという天岩戸を対岸から眺めることができ、説明も簡潔で分かりやすくて良かった。

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トンネルの駅 | 天岩戸神社へ

 再び県道7号線で戻り、今度は高千穂峡谷の見学へ向かう。ここはさすがに観光地で、道路は車で混雑していた。野田さんはアキレス腱の痛みがきついのでここはパスして先行するとのこと、他の皆さんは峡谷への急坂を下っていく(14時半)。木道の遊歩道も人が一杯で、この先の行程も長いことから、峡谷見学は早々に切り上げることにして時間に余裕のある那珂さんとここでお別れした。また急坂を登り、津花峠旧道は通らず国道218号にて津花トンネルを越える。五ヶ瀬町役場の1kmほど手前のヤマザキショップでおやつ休憩(15:50)。さすがヤマザキではケーキも売っていて、コーヒーも飲んでしっかり補給。
 さらに国道218号で馬見原へ、ここは歴史のありそうな古い町並みがあり、時間が有れば立ち止りたかったが本日は通過。先行する野田さんが見学していったそうなので野田さんのコメントを期待しましょう。ここから国道265号で五ヶ瀬川沿いに南下、宿まで数キロのところで野田さんに追いついた。国見トンネルの2kmほど手前で五ヶ瀬スキー場への分岐を右折して、ちょっと登ったところで本日の宿「えのはの家」に17時半到着。なんとか明るいうちに着いて良かった。

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高千穂峡

 宿泊:えのはの家
 向かいにはコテージタイプのホテル「フォレストピア」もあるが、我々には茅葺で囲炉裏のある「えのはの家」がやっぱりしっくりくる。「えのは」とはヤマメのことを表すこの地方の言葉らしい。古い民家の作りも随所に見られ、昨日テント泊だったこともあり畳の二部屋に通されると「おお~いいなぁ」と歓声が上がる。
 待望の晩御飯はお膳に乗りきらないほどの品数で、サクラマスの刺身、ヤマメの塩焼き、てんぷら、煮物のほか、珍しいものとしてヤマメのイクラ、こぶしの花の酢の物、シカ肉、豆腐の梅酢漬け、など。汁物も二つあって、さすがにご飯の量はいつもより少なめでお腹一杯になった。洗濯機もたくさんあって、乾燥機だけはパワー不足で不十分でしたがあとは良い宿だった。でも潤子さんは、シーツの清潔度に難有りだったそうだが、では裏返して使いましょうとのアコ提案で、納得したそうだ。明日の行程で昼食ポイントがないかも、ということで、宿のおばさんに昼食用おにぎりを一人3個ずつでお願いして、本日の活動は終了。

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落ち着いて夕食

 >>>途中で別れた那珂の走りは那珂レポート参照。
 >>>野田レポートも参照。
【Gコメント】事前チェックの通り、高森峠旧道の九十九折は気持ちの良い上りだった。高森トンネル上の名無し峠で、野田から分岐して旧高森隧道への道へ来てるとの電話。いずれ合流するのでパス。下りてからの戻りは短くて、すぐに新道トンネルの出口側に出た。旧隧道は通れなかったとのこと。天岩戸神社では、ガイド付きで天岩戸を見学したのは初めてだった。五ヶ瀬では宿が山の上だった経験(91年)があり、場所を入念にチェックして宿予約。電話を何度もかけた甲斐があった。
【浦野コメント】この日は家内の誕生日。ここ数年毎年サイクリングで不在だが、朝のおめでとうメールだけは欠かさず送信。キャンプ場出発後、千崎さんお勧めの白川水源まで一人でひとっ走り。朝早いため人も少なくゆっくり見学できた。天の岩戸は初めての訪問で、対岸からの見学だけだがそこそこの見応え。高千穂峡は大混雑。前回(30年以上前)来た時はこんなに混んでいなかった気がする。


Photo, Click to Popup 10日目:5/5(火) 五ヶ瀬→国見峠→椎葉→五家荘林道(ぼんさん越え)→五家荘樅木 (80km) 晴れ
 メンバ:G、野田、浦野、野田潤、DAZ、アコ
 (DAZ記:2015/5/24)

 久しぶりに快晴の朝! 朝食後に受け取ったおにぎりが、おばちゃん達の連絡ミスのためか一人2個(かなり小ぶり)になっていて、今日の1000mアップの峠にはどうみても足りないので、どこかで食べ物の調達が必要だ。ゴキさんは宿の玄関先で売っているヤマメの甘露煮?パックを購入。向かいのホテルには何も売っていなかった。
 昨日乾かなかった洗濯物をフロントバックやサドルバックの上に広げて、宿の前は釣り堀になっていたのでこの辺で写真をとって、8時ころ出発。
 2km程度の軽い上りで国見トンネルの入口に到着。さてここから国見峠旧道へ登るか(更に400mアップ)、トンネルを通るかについて、昨夜の話では曖昧なままになっていた。ゴキさんは今日の行程と全員の調子を考えて2隊に分けたい考えのようで、野田さんがトンネル隊を作ってくれることを期待していたようだったが、せっかく来たのに旧道行かないのはもったいない、という雰囲気に流されて、結局全員で旧道に向かうことになった。
 行ってみるとこの旧道は、一応舗装だが長らく整備されていないようで、路面の割れや土砂の堆積でほとんどダートに等しい。ちなみに後で見たツーリングマップのコメントでは「ガードレールもない完全一車線“酷道” 断崖・ハード」と書いてあった。約1時間強の上りで1130mの峠着(9:40)、途中で会ったおじいさんから「下り側はもっと荒れているかも」との情報があり、慎重に下る。ツアー中ずっと体力がみなぎっていた浦野さんは、この日も元気いっぱい、ランドナーで快調に下っていく。

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国見峠への荒れた登り | 国見峠

 遠くの山並みと深ーい谷を左手に眺めながら下っていくとアコがパンク。予備チューブに交換するが、タイヤもかなり劣化していることに気付く。室内保管とはいえ、5年間も乗っていなかったのに良く点検せず来てしまったことをここで少し後悔した。浦野さんと潤子さんは先行しているが、後ろにいるゴキさんと野田さんがこの作業中に後ろから追いついてこない、ということは向こうもパンクかな、と思いつつ作業終了。天気も良いので写真も撮ったりしてまだまだ余裕。
 だいぶ下って川面が近くなったころ、アコが2回目のパンク。予備チューブはもうないので(アコのリムはロングバルブ用で、筆者の予備チューブと共通にしてなかった)、今度はパンク修理を始めたところに野田さんが下ってきた。ゴキさんも2回パンクして、タイヤ損傷もあり修理に時間がかかるため先行メンバーに伝えるために先に下ってきた、とのこと。だけど君たち二人を見捨ててはいけないなぁ~、といって修理を手伝ってくれた。筆者が修理したチューブをセットして空気を入れるとまだ漏れがあり、カミパンの2個穴のうち一つがパッチで塞がっていなかった。甘いな~と笑いつつ2回目のパンクのチューブを野田さんが直してくれて、再セットして完了。そんなこんなでだいぶ時間がかかったので、国道に合流したところで浦野さんは長時間待って心配したようだ。潤子さんは更に先行していて、ゴキさんはまだ追いついてこないが、また国道265号を下っていく。

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国見峠の下り | パンク

 美郷からの国道327号とT字路で交差したところの看板を見ると、これから向かう椎葉村役場方面(右側)と逆の左側に1km下ると、椎葉村物産センターと「椎葉村のお食事処」があるようだ。これはおにぎりの不足を補う唯一の昼食ポイントかも、ということで、既に役場方面へ進んでいた浦野さんに電話をかけて、後ろから来ているゴキさんにも連絡がついて、椎葉村物産センターに向かう。
 平家本陣椎葉村物産センターは、地元の食材や料理が味わえる良い昼食ポイントだった。看板に書いてある「くさぎな焼き飯」ってどんなんだろう、と話していたら、ちょうで店からこれを買って出てきた地元のおばさんがこれだよって見せてくれた。高菜のような感じの地元の野菜で、遠くからきたの?と聞かれ「東京とか神戸とかから」と答えると、「じゃあちょっと食べてみなよ」と、今買ったばかりのパックを開けようとするので、「中で食べますから、」といってあわてて止めたが、ほんとに人のよいおばさんだった。筆者は、椎葉そば定食でご飯をくさぎな飯に変更するプランにして、白飯のおかわりもして(野田さんの交渉力でおかわりはサービスになった)、これからの1000mアップに向け充分な補給が出来た。ゴキさんもここで追いついたが、食後に更に修理を行うとのことで、他の皆でまた先行することに。ミカン好きなアコはここで晩柑を箱で購入、その他梅干やジャムなどと合わせて自宅に発送していた。食事のお会計時に野田さんは積荷の缶ビールを補給しようとしたところ、食堂のおばさんから自転車も飲酒運転はだめなんじゃないかとつっこみが入ったが、「気をつけて行きますので」と答えてなんとかその場は切り抜けた。

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椎葉そば定食 | 物産館の地元商品

 椎葉村役場の少し手前で県道142号に入り、上椎葉ダムのダム湖方面へ向かう。下り・上りの回避と時間短縮のため、椎葉村の中心部と本日の観光ポイントだった鶴富屋敷はパスする。ダム湖西端近くの上福良橋で14時半、次の不土野橋で県道142号と分かれ、尾向方面へ。次の分岐は、途中で「←水無」という左側への支線が有って紛らわしいが、これを過ぎてもう少し行き、郵便局のある分岐が県境峠(ぼんさん越 1480m)方面への道。道路状況はかなりきれいに整備されているが勾配はきつくなってくる。湯田の元で15時半、ここで椎葉越への道と分かれた後は分岐もほとんど無いので、各自のペースで峠までフリーランとする。この先も神社があって人がいたり、民宿がポツンとあったり、意外と奥まで人手が入っている。途中でいったん下りが有って一息ついたと思いきや、その先に犬が数匹いてこっちを見ているのでいやな予感がした。案の定、吠えながらこっちに駆けてきて、すれちがっても吠えながら追ってくるのでウワァーと叫びながらダッシュで逃げて、なんとか縄張りを抜けると追ってこなくなったがまだしばらく吠えていた。ちなみに浦野さんもここで吠えられたそうだが、野田さん、潤子さん、アコの時はむしろ犬が逃げて行ったらしい。この違いは何? ともあれ、そんなことをしてだいぶ疲れたので、浦野さんは先に行ったままだが16時半になったので何もない道端で休憩、ここでおにぎり2個を食べた。実はあと少し行くと日当たりの良くなるところで浦野さんが待っていてくれたのだったが。

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上椎葉ダムを眼下に | 休憩に宿のおにぎり

 そうしてひたすら上り続け、県境の稜線に近づいたら少し勾配も緩やかになって、17時半ころようやく峠に到着。峠では車で来ていた中年の登山グループ5人が、本日はここでテント泊をするとのことで、テント前で酒盛りをしていた。ほどなく到着したアコは、ちょっと下でパンクしたけどそのまま乗ってきた、とのこと。さっそくパンク修理を始めると、続いて野田さんとゴキさん、潤子さんも到着。野田さんは登山者グループの酒盛りの輪に加わってさっそく盛り上がっていた。で僕らにもおつまみのシシ肉を頂いたりして、夕刻のパンク修理だったが元気とゆとり感を与えてもらって良かった。ここでもちょっと修理に手間取ったのだが、どうにか終えて、最後に待っていてくれた浦野さんが登山者グループに本日の宿「山女魚荘」の目印が何かあるか尋ねたところ、すでに出来上がって上機嫌の彼らは「私に似て美人のおかみが云々」とかいって大笑いするばかりで、あまり有用な情報は得られなかったが、とりあえず焦らないで行こうという気持ちのゆとりは与えてくれた。
 さてどんどん下って夕闇もせまるころ、道の分岐に山女魚荘のバンが泊まっていて、ここから電話をかけたところ、すぐそこが宿だった。暗くなる前にぎりぎりセーフで18:45到着。

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ピークへひたすら登る | 酒盛り隊からおすそ分け

 宿泊:山女魚荘
 山女魚荘ともう一軒の宿があるだけで、後は山深いまさに秘境というべき場所にある。若い女将さんがにこやかに迎えてくれて、夜に雨が降るかも、とのことで、新築工事中のお風呂建屋を開けてここに自転車を入れて下さいというので恐縮であった。玄関では薪ストーブが焚かれて温かい!民家を宿に利用して家族で経営している感じの、まさに民宿だ。遅い到着になったがお風呂のあとで8時ころからの夕食にして下さって、山女魚と山菜を中心に今日も盛りだくさんの料理で大喜び。珍しいところでは岩海苔というのが成長するのに何年もかかる貴重なものだとのこと。ツアー最後の夜ということで、日本酒も飲んで話に花が咲き、遅い時間なのでもう宿のスタッフもちゃぶ台を囲んで夕食中のところにいってお銚子追加を頼むのは少し気が引けたが、最後まで気持ちよく対応して下さって良かった。御主人とは食後に立ち話をして、飾ってある昔の写真の説明をしてくれたり、自転車好きの人たちが集まってくれるようなイベントを考えたいんですよ、という話をしてくれた。こんな良い場所なら自転車の人は喜んで集まると思う。
 食後は二階の部屋で地図を見ながら明日の相談。当初の予定では新八代で解散のため、明日も一つは峠を越えることになっていたが、今日も目一杯走って疲れたこともあり、もう山は充分堪能した、との気分もあって、「五木村経由 人吉まで下り基調で走って、早ければ午前中に人吉着、そこで昼食と温泉を楽しんで解散」という魅力的な変更案が出て、特に異論も無く皆が賛同した。浦野さんは7日朝に宮崎空港から帰るため、明日は人吉経由で宮崎まで走る予定となっており、この変更案なら浦野さんとも途中まで一緒に行ける。ということで明日は楽に走れそうだと安心して就寝。

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今ツアー最後の夕食

 >>>野田レポートも参照。
【Gコメント】今回も鶴富屋敷をパスすることになり残念。国見峠で続けて3度パンクした後、やばいことになった。昼食後、皆を先に行かせてチューブ修理したが、上椎葉ダムのあたりで数百メートルおきに続けざまにパンク。TOPEAKのグルーレスパッチが腐っていて、修理部にピンホールができていたのだ。皆からは1時間半は遅れている。もうダメかなと諦めそうになるが、エアを低めにして、ぼんさん越えを全力で登る。2時間半後、頂上付近で皆に追いつきほっとする。下りは皆より先にゆっくり降りた。この峠は04年にDAZ夫妻と伴走のうちの家族とで逆に走っている。その時にお昼休憩した分岐は記憶通りだった。
【浦野コメント】国見峠旧道はそれなりに荒れており、ランドナーの面目躍如。国道に戻った所で待つこと1時間。Gokiさん・アコ氏はパンク修理お疲れ様でした。


Photo, Click to Popup 11日目:5/6(水) 五家荘樅木→五木→人吉 (65km) くもり後晴れ
 メンバ:G、野田、野田潤、DAZ、アコ 、(離脱)浦野
 (DAZ記:2015/5/24)

 朝食前に、ゴキさんは前日のパンク修理とタイヤ補修、野田さんはなんと予備で持参(!)のタイヤ交換作業を行っていた。宿を8時頃出発。まずは樅木の吊橋に向かうが、すぐ着くかと思ったら意外に急なアップダウンを繰り返し、深い谷合いの集落でまさに秘境だなぁと実感する。谷の奥に吊橋が見えたけど、吊橋を渡るにはけっこう下ることになるので、野田さんはパスして先へ進むとのこと。他の皆で、二本ある吊橋を歩いて往復した。
 次に1kmほど先にある「五家荘平家の里」へ向かう。途中に泉第八小学校があって、こんな山奥にも小学校があるんだなあ、と思った。さて「平家の里」は9時から開場だが実際には入口は開放されていて、平家伝説館などの施設はまだ閉まっていて見られないけど神楽を舞う舞台や庭園を入場料無しで見学できたので、かえって良かったかも。
 さてここから国道445号にでる道は、なるべく無駄な上りを無くすため、県道159号ではなくその谷向かいにある下屋敷経由のルートをとる。国道445号に出たところで、潤子さんがパンク。ここで、宮崎までの長距離を走る予定の浦野さんが、本隊とお別れして先行する。潤子さんのパンクは段差か何かでの衝撃によるカミパンだったようで、修理をやりながら野田さんは「側溝のフタの上を通るときも、なるべく段差が少ないところを選んで走らんとダメなんやー」と指導していた。そして修理が終わって皆が各自の自転車に戻ったとき、野田さんが「あぁ~」と声をあげた。野田さんも前輪がパンクしていたのだ。人吉での風呂が遠のくなぁ~と言いながら今度は野田さんのパンク修理。こちらはカミパンでは無かったようで、「俺のは潤のパンクとはちがうんや~」と自慢?する。 修理が終わって9:40再スタート。

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ずいぶん下にある樅木吊橋 | 野田もパンク→後の災いの種はここで

 この先は国道445号で川沿いの下り基調の道を快走する。天気も良いし空気も山も川もきれい。国道445号は所々で工事通行止めで迂回路が対岸に出来ていたりして、何度か橋を渡った。右岸の道を下っていくと、行く手にまた橋が見えて、橋を渡ったその先は上り坂になっているのが見えた。うわぁあれ上るんか、いややなぁ~という感じで野田さんとゴキさんが言葉を交わしているのを見つつ、後を走っていく。前を行く野田さんが坂を下って橋を渡ろうと左にカーブを切った瞬間、スリップして左側を下にして転倒!! 乗車姿勢のままかなり勢いよく倒れて左肩と側頭部を強打したのが見えた。大急ぎで皆が集まる、野田さんは意識ははっきりしていたがすぐには動けず、ヘルメットを装着していなくて左頭部に腫れと出血、左肩を強打して左腕が動かせない、それと腕や脚などにも出血があった。よく見ると鎖骨部に出っ張りがあって骨折かと思われた。とにかく応急処置、潤子さんがあっという間に手ぬぐいを組み合わせて腕を吊り、全身の状態をチェックしてくれて、こういう時に潤子さんの存在はとても心強いなと思った。怪我の状況から判断して、救急車を要請。10分くらいで救急車到着。その場で問診と状況説明を行い、搬送先は人吉医療センターに決まって、救急車には野田さんのフロントバック・サイドバック等を乗せてもらったが自転車は無理なので後でなんとかすることにして、救急車は人吉へ出発した。
 残った野田さんの自転車は、4人で人吉まで走ってから改めてタクシーで取りに戻ろうかと考えて、とりあえず輪行袋に収納するため分解していると、搬送中の野田さんから電話が入った。野田さんも救急車の中で善後策を考えてくれていて、「潤子さんはこの場で輪行して1人で残り、タクシーを人吉から呼んで、タクシーに潤子さんと自転車2台を載せて人吉に戻り、野田さんと合流する。他の3人は走って人吉に向かう」という提案があり、そうすることになった。人吉タクシーに電話すると、50分くらいかかると言われた(が、実際には15分くらいで到着したとのこと。後日談で、ここの場所は山砂が溜まりやすく単車もよく転倒する場所だと聞いた、というのは、このときの運転手さんからでしょうか)。野田さんの自転車の輪行が終わったところで、ゴキさんの自転車もパンクしているのが発覚。ゴキさんが持っている予備チューブはもう無いので、筆者の予備チューブを使用した。ゴキさんは本来ロングバルブ使用のリムで、筆者のチューブはノーマルバルブだが、なんとか空気を入れることが出来た。これが使えなかったら、帰る電車に間に合わない心配が出てくるところだった。

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救急車送り出し、輪行準備できたところ | 転倒した左コーナ後の橋

 潤子さんの輪行とゴキさんのパンク修理も終わって、ゴキさんアコダズは、タクシーの到着を待たずにここ「つばきばし」を出発した。橋を渡ってから、残った潤子さんがずっと遠くまで手を振ってくれているのが見えた。2kmほど行って、五木村の道の駅でトイレ休憩。またひたすら走って、人吉まで11kmのところで小休止、おやつのまんじゅうを食べてゆとりを取り戻す。あとは人吉駅まで走り、2時ちょっと過ぎに到着。
 解散:JR人吉駅
 ゴキさんはここから出る電車の乗り継ぎをチェックしたところ、予約している新八代発の新幹線に間に合わない、ということが発覚。案内所で教えてもらった高速バス(人吉駅からではなく、高速道路の人吉インターから出発)ならギリギリ間に合うかも、ということで、急いで人吉インターに向かうことにして、お別れの挨拶もできないまま大慌てで消えた。アコと筆者は、人吉から熊本空港行きのバスに乗るつもりだった(2001年のGWで利用した経験あり)が、そのバス路線は今もう無くなっていることが判明してちょっと焦った。が、次の列車に乗れば間に合うのでそれなりに急いで輪行し、切符を買いに行くと、それはSLの観光列車で、全席指定で既に満席であるとのこと。その次の列車では間に合わないので、また焦ったが、ゴキさんが乗ったはずの高速バス(ゴキさんの次の便)に乗れば間に合うことが分かり、どうにか落ち着きを取り戻す。よく調べもしないで安易に予定を変えるのは良くないなぁ~とつくづく感じた。

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野田は応急処置終わり、一足先に潤子さんと人吉駅を出発

 無事に高速バスで新八代に到着、あとは当初の予定通り、新八代から熊本空港へのバスに乗ればOKだったが、これがまた、想定外のマイクロバスで、しかも新八代に来る前に既にかなりの客を乗せている。補助席も全て使って満員となり、小さな荷物スペースに自転車2台を持ちこんで、前方の乗客には迷惑をかけたと思うがどうにか乗ることが出来て、ひやひやしたが1時間ほどで空港到着。ようやく安心して帰路につきました。


 >>>途中で別れた浦野の走りは浦野レポート参照。
 >>>野田レポートも参照。
【Gコメント】コースはショートカットして下り基調。天気も良く平和な1日で終われると期待したが、さにあらず。野田は低速の左コーナで前兆無くパタッと転倒。後ろから見ていたが予想外の鎖骨骨折。人生初の救急車コール。人吉駅に着いたのは、応急処置を終えた野田と潤子さんが乗る電車の出発時間。ここで、もう間に合う電車が無いと判明! DAZの調べで高速バスにチャンスがあると分かり、チェック時間も惜しんで感じた方向に出発。最後までバタバタの1日だった。


<おわりに>(G記:2016/2/16)
 今回も無事走り終えました、とは行きませんでした。最終日に野田さんの転倒事故で救急車を呼ぶことになり、しばらくの間、ツアー全体の印象までも頭から吹っ飛んでいました。しかし、その後に皆さんから送られてくる写真を見ながら振り返ると、結構楽しく充実したツアーだったと思います。そしてまた、皆さんの文章を読むと、それぞれが主体的に動いて楽しんでいるなあ、と思います。個人的には10泊11日で約1000kmを元気に走りきれたことに満足しています。今では、野田さんも手術後に完全復活し、また走り出しています。また一緒に走りましょう。


関連リンク:
 陽子と4人の九州横断ツアー
 '94 GW_南九州ツアー
 1999年 GW 九州ツアー