2015年GW 九州ツアー

by DAZ(投稿日:24 May 2015)

日程:2015/5/2(土)~ 5/6(水)
コース:=豊後中村→湯坪温泉→高森→高千穂→高森→五ヶ瀬→五家荘→人吉=

5/2(土) 豊後中村→湯坪温泉 (16km) 晴れ
 メンバ:(合流)DAZ、アコ→野田潤→G、宮村、野田、石田、那珂、浦野、(夕食)中田

 5時半前に自宅を出発。羽田発8時の飛行機で大分へ向かう。手荷物検査で、アコのフロントバックに入っていた工具入れがひっかかり、メジャーで一つ一つ寸法をチェックされた。一つだけ制限を超えていてアウトになったのは、ランドナー用のヘッドスパナ。アコはランドナーからロードレーサーに替えて3回目のランだけど、5年ぶりの参加のため、必要ない工具まで持ってきちゃったらしい。空港は混んでるし時間はないしで、残念ながら処分してもらうことに。
 大分空港からバス輪行で由布院へ。駅前のにぎわいから少し歩き、ローカルで良い感じの「陽だまり食堂」で昼食中に、ゴキさんから「豊後中村駅に集合できないので潤子さんと三人で宿に向かうように」との連絡が入る。その後JR久大本線で14:22豊後中村着。2分後、博多側から潤子さんも到着。出発準備で、アコのサドルバック(リクセンカウルの、リュック型のもの)が後輪に擦らないようにゴムストラップで締め上げていたら、バッグを固定する赤いプラスチック製のツメをパキッと折ってしまった。サドル後ろに固定できなくなり、仕方なくリュックとして背負うことになって、出だしからちょっとヘコむ。5年ぶりのランのためアコは変速機の使い方も忘れていて、駅前で少し練習したりしたので、出発は3時半を過ぎてしまった。
 県道40号線を南下する。途中で九重夢大吊橋に立ち寄ったが、ここは入場料500円払うと渡れる決まりで、入場券販売が4時半で終了のため、ぎりぎり間に合わなかった。駐車場から大吊橋を眺めて出発。本日の走行は約16kmで、湯坪温泉に到着。

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豊後中村駅 | 大吊橋

 「民宿なか」に着くと中田さんが出迎えて下さり、初めてお会いするのにすぐ打ち解けていろんなお話ができるのは、HUCCのおかげです。さっそく熱~い露天風呂につかっていると、野田さんと浦野さんの隊がまず到着。そのあとしばらくして全員集合。

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温泉に入りました | 最後のGOKI隊も到着

 このあとは那珂記録の本編参照。


5/3(日) 湯坪温泉→筋湯→合戦群→象ガ鼻→日ノ尾峠→阿蘇高森 (62km/1278m) 雨
 メンバ:G、野田、那珂、浦野、野田潤、DAZ、アコ、(離脱)宮村、石田

 詳細は那珂記録の本編参照。
【コメント】朝から雨に降られ、象ヶ鼻の下りではアコの転倒、といろいろ大変でしたが、下りきって石田さんを待つ間にキャンプ用椅子と日本酒を取り出して一杯始める野田さんの余裕には感じ入りました。アコは5年ぶりとは思えない快調な走りをしていましたが、転倒による怪我は(後で見ると)肘・膝とも傷と腫れと内出血でかなり痛々しく、その後はかなりしんどかったようです。もうちょっと気を遣ってあげれば良かったなと(後で)思いました。


Photo, Click to Popup 5/4(月) 阿蘇高森→高森峠旧道(部分)→天の岩戸→高千穂峡→五ヶ瀬 (90km/1537m) くもり
 メンバ:G、野田、浦野、野田潤、DAZ、アコ、(離脱)那珂

 キャンプ場で用意してくれた朝食は、ロールパン3個とジュース、バナナ、ゼリーというもので、宿での朝食に比べるとあっさりしたものだった。昨日一日雨の中を走行したため、給油、ブレーキ調整、汚れ落とし等を各自行ったりして7時40分出発。今日は距離が長いのと、本日帰路につく那珂さんが高千穂から熊本方面へのバスに乗れない場合も想定して、早めの行動を目指す。
 浦野さんは白川水源へ往復した後に本隊に追いつくこととし、他の皆さんは高森峠へ直行。走り出してすぐ、野田さんがキャンプ場にマグカップを忘れたことに気づいて引き返したので、国道325号に出たところで待機した。ここで自転車の汚れ落としをしていたアコが、自転車のヘッド部下縁に2cm程度の亀裂を発見。おそらく昨日の転倒で生じたもので、塗装面だけでなく金属も割れているように見えるが、定かではない。とりあえず様子を見ながら走行することとなるが、今後の行程に耐えられるか、という心配と、ツアー後にはフレーム交換が必要かも、という可能性で、改めて転倒によるダメージの大きさを感じた。

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フレームにクラック!

 前夜の打ち合わせで、高森峠は旧道を通る、となっていたので、県道28号から続く九十九曲を登っていく。千本桜(高森自然公園)を通り、新緑の中の道は車も殆ど来ないし、気持ちが良い。峠にはゴキさん、潤子さん、アコが待っていた。ほどなくして野田さんからゴキさんに電話連絡が。僕らの今いる峠(新国道トンネルの南側)の少し手前の分岐を左に行き、新国道を横切って、新国道トンネルの北側を越えるのが本当の高森峠旧道であり、野田さんと那珂さんはそちらに向かっているとのこと。僕らのいる峠をそのまま下ると、高千穂へ向かう国道325号に復帰するためには1kmほど登り返さないといけないが、野田さん那珂さんが向かっている峠は下ってそのまま325号に繋がるのも利点である、ということで、潤子さんはせっかく登った道をいったん戻って野田さんのいる方へ向かう。ゴキさん、アコ、ダズはそのまま下って、草部あたりで再合流しようということになった。

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高森峠旧道 | 逸れたピークで(中坂峠)

 下って国道265号に出たところで、白川水源に行っていた浦野さんと連絡がつき、追いついてきた。ちょっと登り返して国道325号に出て、東に下る。この道は7%程度の下りだが、直線部分が長く続きスピードが出せる。奥阿蘇大橋を渡ってすぐのレストラン(うま屋)の前で、9:50野田さん達と再合流。ここで浦野さんの水源土産、「名水まんじゅう」(シャーベット状態)を頂く。1km弱進んで草部の物産館でトイレ休憩。
 さらに国道325号を進み、11時に高千穂町「トンネルの駅」着。ここは工事中止となった九州横断鉄道のトンネルを神楽酒造が貯蔵庫として利用しているところで、見学もできるし併設の物産館では焼酎等の試飲も出来るので、やっぱりここは色々試飲してみる。で、高千穂町の市街地に入る少し手前にあった良い感じの「たかちほ食堂」で、少し早目の昼食タイム(11時半~12時半)。チキン南蛮定食大盛り+食後のコーヒーで、満足。朝食が質素だったので、しっかり食べられて良かった。
 さてここから、那珂さんはバスセンターに行き、高千穂からのバスに乗れるか確認に向かう。他の皆さんは、朝の時点では決めてなかったのだが、結局は天岩戸神社へ向かう流れとなり全員で見学(13時~13:40)。那珂さんも16時発のバスに乗れることが確認できたので、再合流した。境内に、ご寄付の樽酒が「ご自由に」と置かれていたので、やっぱりここは有難く頂く。木の香りがさわやかでとても美味しい。神社の人に案内を申し込むと、天照大神が御隠れになったという天岩戸を対岸から眺めることができ、説明も簡潔で分かりやすくて良かった。

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トンネルの駅 | 天岩戸神社へ

 再び県道7号線で戻り、今度は高千穂峡谷の見学へ向かう。ここはさすがに観光地で、道路は車で混雑していた。野田さんはアキレス腱の痛みがきついのでここはパスして先行するとのこと、他の皆さんは峡谷への急坂を下っていく(14時半)。木道の遊歩道も人が一杯で、この先の行程も長いことから、峡谷見学は早々に切り上げることにして時間に余裕のある那珂さんとここでお別れした。また急坂を登り、津花峠旧道は通らず国道218号にて津花トンネルを越える。五ヶ瀬町役場の1kmほど手前のヤマザキショップでおやつ休憩(15:50)。さすがヤマザキではケーキも売っていて、コーヒーも飲んでしっかり補給。
 さらに国道218号で馬見原へ、ここは歴史のありそうな古い町並みがあり、時間が有れば立ち止りたかったが本日は通過。先行する野田さんが見学していったそうなので野田さんのコメントを期待しましょう。ここから国道265号で五ヶ瀬川沿いに南下、宿まで数キロのところで野田さんに追いついた。国見トンネルの2kmほど手前で五ヶ瀬スキー場への分岐を右折して、ちょっと登ったところで本日の宿「えのはの家」に17時半到着。なんとか明るいうちに着いて良かった。

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高千穂峡

 向かいにはコテージタイプのホテル「フォレストピア」もあるが、我々には茅葺で囲炉裏のある「えのはの家」がやっぱりしっくりくる。「えのは」とはヤマメのことを表すこの地方の言葉らしい。古い民家の作りも随所に見られ、昨日テント泊だったこともあり畳の二部屋に通されると「おお~いいなぁ」と歓声が上がる。
 待望の晩御飯はお膳に乗りきらないほどの品数で、サクラマスの刺身、ヤマメの塩焼き、てんぷら、煮物のほか、珍しいものとしてヤマメのイクラ、こぶしの花の酢の物、シカ肉、豆腐の梅酢漬け、など。汁物も二つあって、さすがにご飯の量はいつもより少なめでお腹一杯になった。洗濯機もたくさんあって、乾燥機だけはパワー不足で不十分でしたがあとは良い宿だった。でも潤子さんは、シーツの清潔度に難有りだったそうだが、では裏返して使いましょうとのアコ提案で、納得したそうだ。明日の行程で昼食ポイントがないかも、ということで、宿のおばさんに昼食用おにぎりを一人3個ずつでお願いして、本日の活動は終了。

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落ち着いて夕食

Photo, Click to Popup 5/5(火) 五ヶ瀬→国見峠→椎葉→五家荘林道(ぼんさん越え)→五家荘樅木 (80km/1716m) 晴れ
 久しぶりに快晴の朝! 朝食後に受け取ったおにぎりが、おばちゃん達の連絡ミスのためか一人2個(かなり小ぶり)になっていて、今日の1000mアップの峠にはどうみても足りないので、どこかで食べ物の調達が必要だ。ゴキさんは宿の玄関先で売っているヤマメの甘露煮?パックを購入。向かいのホテルには何も売っていなかった。
 昨日乾かなかった洗濯物をフロントバックやサドルバックの上に広げて、宿の前は釣り堀になっていたのでこの辺で写真をとって、8時ころ出発。
 2km程度の軽い上りで国見トンネルの入口に到着。さてここから国見峠旧道へ登るか(更に400mアップ)、トンネルを通るかについて、昨夜の話では曖昧なままになっていた。ゴキさんは今日の行程と全員の調子を考えて2隊に分けたい考えのようで、野田さんがトンネル隊を作ってくれることを期待していたようだったが、せっかく来たのに旧道行かないのはもったいない、という雰囲気に流されて、結局全員で旧道に向かうことになった。
 行ってみるとこの旧道は、一応舗装だが長らく整備されていないようで、路面の割れや土砂の堆積でほとんどダートに等しい。ちなみに後で見たツーリングマップのコメントでは「ガードレールもない完全一車線“酷道” 断崖・ハード」と書いてあった。約1時間強の上りで1130mの峠着(9:40)、途中で会ったおじいさんから「下り側はもっと荒れているかも」との情報があり、慎重に下る。ツアー中ずっと体力がみなぎっていた浦野さんは、この日も元気いっぱい、ランドナーで快調に下っていく。

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国見峠への荒れた登り | 国見峠

 遠くの山並みと深ーい谷を左手に眺めながら下っていくとアコがパンク。予備チューブに交換するが、タイヤもかなり劣化していることに気付く。室内保管とはいえ、5年間も乗っていなかったのに良く点検せず来てしまったことをここで少し後悔した。浦野さんと潤子さんは先行しているが、後ろにいるゴキさんと野田さんがこの作業中に後ろから追いついてこない、ということは向こうもパンクかな、と思いつつ作業終了。天気も良いので写真も撮ったりしてまだまだ余裕。
 だいぶ下って川面が近くなったころ、アコが2回目のパンク。予備チューブはもうないので(アコのリムはロングバルブ用で、筆者の予備チューブと共通にしてなかった)、今度はパンク修理を始めたところに野田さんが下ってきた。ゴキさんも2回パンクして、タイヤ損傷もあり修理に時間がかかるため先行メンバーに伝えるために先に下ってきた、とのこと。だけど君たち二人を見捨ててはいけないなぁ~、といって修理を手伝ってくれた。筆者が修理したチューブをセットして空気を入れるとまだ漏れがあり、カミパンの2個穴のうち一つがパッチで塞がっていなかった。甘いな~と笑いつつ2回目のパンクのチューブを野田さんが直してくれて、再セットして完了。そんなこんなでだいぶ時間がかかったので、国道に合流したところで浦野さんは長時間待って心配したようだ。潤子さんは更に先行していて、ゴキさんはまだ追いついてこないが、また国道265号を下っていく。

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国見峠の下り | パンク

 美郷からの国道327号とT字路で交差したところの看板を見ると、これから向かう椎葉村役場方面(右側)と逆の左側に1km下ると、椎葉村物産センターと「椎葉村のお食事処」があるようだ。これはおにぎりの不足を補う唯一の昼食ポイントかも、ということで、既に役場方面へ進んでいた浦野さんに電話をかけて、後ろから来ているゴキさんにも連絡がついて、椎葉村物産センターに向かう。
 平家本陣椎葉村物産センターは、地元の食材や料理が味わえる良い昼食ポイントだった。看板に書いてある「くさぎな焼き飯」ってどんなんだろう、と話していたら、ちょうで店からこれを買って出てきた地元のおばさんがこれだよって見せてくれた。高菜のような感じの地元の野菜で、遠くからきたの?と聞かれ「東京とか神戸とかから」と答えると、「じゃあちょっと食べてみなよ」と、今買ったばかりのパックを開けようとするので、「中で食べますから、」といってあわてて止めたが、ほんとに人のよいおばさんだった。筆者は、椎葉そば定食でご飯をくさぎな飯に変更するプランにして、白飯のおかわりもして(野田さんの交渉力でおかわりはサービスになった)、これからの1000mアップに向け充分な補給が出来た。ゴキさんもここで追いついたが、食後に更に修理を行うとのことで、他の皆でまた先行することに。ミカン好きなアコはここで晩柑を箱で購入、その他梅干やジャムなどと合わせて自宅に発送していた。食事のお会計時に野田さんは積荷の缶ビールを補給しようとしたところ、食堂のおばさんから自転車も飲酒運転はだめなんじゃないかとつっこみが入ったが、「気をつけて行きますので」と答えてなんとかその場は切り抜けた。

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椎葉そば定食 | 物産館の地元商品

 椎葉村役場の少し手前で県道142号に入り、上椎葉ダムのダム湖方面へ向かう。下り・上りの回避と時間短縮のため、椎葉村の中心部と本日の観光ポイントだった鶴富屋敷はパスする。ダム湖西端近くの上福良橋で14時半、次の不土野橋で県道142号と分かれ、尾向方面へ。次の分岐は、途中で「←水無」という左側への支線が有って紛らわしいが、これを過ぎてもう少し行き、郵便局のある分岐が県境峠(ぼんさん越 1480m)方面への道。道路状況はかなりきれいに整備されているが勾配はきつくなってくる。湯田の元で15時半、ここで椎葉越への道と分かれた後は分岐もほとんど無いので、各自のペースで峠までフリーランとする。この先も神社があって人がいたり、民宿がポツンとあったり、意外と奥まで人手が入っている。途中でいったん下りが有って一息ついたと思いきや、その先に犬が数匹いてこっちを見ているのでいやな予感がした。案の定、吠えながらこっちに駆けてきて、すれちがっても吠えながら追ってくるのでウワァーと叫びながらダッシュで逃げて、なんとか縄張りを抜けると追ってこなくなったがまだしばらく吠えていた。ちなみに浦野さんもここで吠えられたそうだが、野田さん、潤子さん、アコの時はむしろ犬が逃げて行ったらしい。この違いは何? ともあれ、そんなことをしてだいぶ疲れたので、浦野さんは先に行ったままだが16時半になったので何もない道端で休憩、ここでおにぎり2個を食べた。実はあと少し行くと日当たりの良くなるところで浦野さんが待っていてくれたのだったが。 

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上椎葉ダムを眼下に | 休憩に宿のおにぎり

そうしてひたすら上り続け、県境の稜線に近づいたら少し勾配も緩やかになって、17時半ころようやく峠に到着。峠では車で来ていた中年の登山グループ5人が、本日はここでテント泊をするとのことで、テント前で酒盛りをしていた。ほどなく到着したアコは、ちょっと下でパンクしたけどそのまま乗ってきた、とのこと。さっそくパンク修理を始めると、続いて野田さんとゴキさん、潤子さんも到着。野田さんは登山者グループの酒盛りの輪に加わってさっそく盛り上がっていた。で僕らにもおつまみのシシ肉を頂いたりして、夕刻のパンク修理だったが元気とゆとり感を与えてもらって良かった。ここでもちょっと修理に手間取ったのだが、どうにか終えて、最後に待っていてくれた浦野さんが登山者グループに本日の宿「山女魚荘」の目印が何かあるか尋ねたところ、すでに出来上がって上機嫌の彼らは「私に似て美人のおかみが云々」とかいって大笑いするばかりで、あまり有用な情報は得られなかったが、とりあえず焦らないで行こうという気持ちのゆとりは与えてくれた。
 さてどんどん下って夕闇もせまるころ、道の分岐に山女魚荘のバンが泊まっていて、ここから電話をかけたところ、すぐそこが宿だった。暗くなる前にぎりぎりセーフで18:45到着。

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ピークへひたすら登る | 酒盛り隊からおすそ分け

 山女魚荘ともう一軒の宿があるだけで、後は山深いまさに秘境というべき場所にある。若い女将さんがにこやかに迎えてくれて、夜に雨が降るかも、とのことで、新築工事中のお風呂建屋を開けてここに自転車を入れて下さいというので恐縮であった。玄関では薪ストーブが焚かれて温かい!民家を宿に利用して家族で経営している感じの、まさに民宿だ。遅い到着になったがお風呂のあとで8時ころからの夕食にして下さって、山女魚と山菜を中心に今日も盛りだくさんの料理で大喜び。珍しいところでは岩海苔というのが成長するのに何年もかかる貴重なものだとのこと。ツアー最後の夜ということで、日本酒も飲んで話に花が咲き、遅い時間なのでもう宿のスタッフもちゃぶ台を囲んで夕食中のところにいってお銚子追加を頼むのは少し気が引けたが、最後まで気持ちよく対応して下さって良かった。御主人とは食後に立ち話をして、飾ってある昔の写真の説明をしてくれたり、自転車好きの人たちが集まってくれるようなイベントを考えたいんですよ、という話をしてくれた。こんな良い場所なら自転車の人は喜んで集まると思う。
 食後は二階の部屋で地図を見ながら明日の相談。当初の予定では新八代で解散のため、明日も一つは峠を越えることになっていたが、今日も目一杯走って疲れたこともあり、もう山は充分堪能した、との気分もあって、「五木村経由 人吉まで下り基調で走って、早ければ午前中に人吉着、そこで昼食と温泉を楽しんで解散」という魅力的な変更案が出て、特に異論も無く皆が賛同した。浦野さんは7日朝に宮崎空港から帰るため、明日は人吉経由で宮崎まで走る予定となっており、この変更案なら浦野さんとも途中まで一緒に行ける。ということで明日は楽に走れそうだと安心して就寝。

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今ツアー最後の夕食


Photo, Click to Popup 5/6(水) 五家荘樅木→五木→人吉 (65km/590m) 晴れ
 メンバ:G、野田、野田潤、DAZ、アコ 、(離脱)浦野

 朝食前に、ゴキさんは前日のパンク修理とタイヤ補修、野田さんはなんと予備で持参(!)のタイヤ交換作業を行っていた。宿を8時頃出発。まずは樅木の吊橋に向かうが、すぐ着くかと思ったら意外に急なアップダウンを繰り返し、深い谷合いの集落でまさに秘境だなぁと実感する。谷の奥に吊橋が見えたけど、吊橋を渡るにはけっこう下ることになるので、野田さんはパスして先へ進むとのこと。他の皆で、二本ある吊橋を歩いて往復した。
 次に1kmほど先にある「五家荘平家の里」へ向かう。途中に泉第八小学校があって、こんな山奥にも小学校があるんだなあ、と思った。さて「平家の里」は9時から開場だが実際には入口は開放されていて、平家伝説館などの施設はまだ閉まっていて見られないけど神楽を舞う舞台や庭園を入場料無しで見学できたので、かえって良かったかも。
 さてここから国道445号にでる道は、なるべく無駄な上りを無くすため、県道159号ではなくその谷向かいにある下屋敷経由のルートをとる。国道445号に出たところで、潤子さんがパンク。ここで、宮崎までの長距離を走る予定の浦野さんが、本隊とお別れして先行する。潤子さんのパンクは段差か何かでの衝撃によるカミパンだったようで、修理をやりながら野田さんは「側溝のフタの上を通るときも、なるべく段差が少ないところを選んで走らんとダメなんやー」と指導していた。そして修理が終わって皆が各自の自転車に戻ったとき、野田さんが「あぁ~」と声をあげた。野田さんも前輪がパンクしていたのだ。人吉での風呂が遠のくなぁ~と言いながら今度は野田さんのパンク修理。こちらはカミパンでは無かったようで、「俺のは潤のパンクとはちがうんや~」と自慢?する。 修理が終わって9:40再スタート。

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ずいぶん下にある樅木吊橋 | 野田もパンク→後の災いの種はここで

 この先は国道445号で川沿いの下り基調の道を快走する。天気も良いし空気も山も川もきれい。国道445号は所々で工事通行止めで迂回路が対岸に出来ていたりして、何度か橋を渡った。右岸の道を下っていくと、行く手にまた橋が見えて、橋を渡ったその先は上り坂になっているのが見えた。うわぁあれ上るんか、いややなぁ~という感じで野田さんとゴキさんが言葉を交わしているのを見つつ、後を走っていく。前を行く野田さんが坂を下って橋を渡ろうと左にカーブを切った瞬間、スリップして左側を下にして転倒!! 乗車姿勢のままかなり勢いよく倒れて左肩と側頭部を強打したのが見えた。大急ぎで皆が集まる、野田さんは意識ははっきりしていたがすぐには動けず、ヘルメットを装着していなくて左頭部に腫れと出血、左肩を強打して左腕が動かせない、それと腕や脚などにも出血があった。よく見ると鎖骨部に出っ張りがあって骨折かと思われた。とにかく応急処置、潤子さんがあっという間に手ぬぐいを組み合わせて腕を吊り、全身の状態をチェックしてくれて、こういう時に潤子さんの存在はとても心強いなと思った。怪我の状況から判断して、救急車を要請。10分くらいで救急車到着。その場で問診と状況説明を行い、搬送先は人吉医療センターに決まって、救急車には野田さんのフロントバック・サイドバック等を乗せてもらったが自転車は無理なので後でなんとかすることにして、救急車は人吉へ出発した。
 残った野田さんの自転車は、4人で人吉まで走ってから改めてタクシーで取りに戻ろうかと考えて、とりあえず輪行袋に収納するため分解していると、搬送中の野田さんから電話が入った。野田さんも救急車の中で善後策を考えてくれていて、「潤子さんはこの場で輪行して1人で残り、タクシーを人吉から呼んで、タクシーに潤子さんと自転車2台を載せて人吉に戻り、野田さんと合流する。他の3人は走って人吉に向かう」という提案があり、そうすることになった。人吉タクシーに電話すると、50分くらいかかると言われた(が、実際には15分くらいで到着したとのこと。後日談で、ここの場所は山砂が溜まりやすく単車もよく転倒する場所だと聞いた、というのは、このときの運転手さんからでしょうか)。野田さんの自転車の輪行が終わったところで、ゴキさんの自転車もパンクしているのが発覚。ゴキさんが持っている予備チューブはもう無いので、筆者の予備チューブを使用した。ゴキさんは本来ロングバルブ使用のリムで、筆者のチューブはノーマルバルブだが、なんとか空気を入れることが出来た。これが使えなかったら、帰る電車に間に合わない心配が出てくるところだった。

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救急車送り出し、輪行準備できたところ | 転倒した左コーナ後の橋

 潤子さんの輪行とゴキさんのパンク修理も終わって、ゴキさんアコダズは、タクシーの到着を待たずにここ「つばきばし」を出発した。橋を渡ってから、残った潤子さんがずっと遠くまで手を振ってくれているのが見えた。2kmほど行って、五木村の道の駅でトイレ休憩。またひたすら走って、人吉まで11kmのところで小休止、おやつのまんじゅうを食べてゆとりを取り戻す。あとは人吉駅まで走り、2時ちょっと過ぎに到着。
 ゴキさんはここから出る電車の乗り継ぎをチェックしたところ、予約している新八代発の新幹線に間に合わない、ということが発覚。案内所で教えてもらった高速バス(人吉駅からではなく、高速道路の人吉インターから出発)ならギリギリ間に合うかも、ということで、急いで人吉インターに向かうことにして、お別れの挨拶もできないまま大慌てで消えた。アコと筆者は、人吉から熊本空港行きのバスに乗るつもりだった(2001年のGWで利用した経験あり)が、そのバス路線は今もう無くなっていることが判明してちょっと焦った。が、次の列車に乗れば間に合うのでそれなりに急いで輪行し、切符を買いに行くと、それはSLの観光列車で、全席指定で既に満席であるとのこと。その次の列車では間に合わないので、また焦ったが、ゴキさんが乗ったはずの高速バス(ゴキさんの次の便)に乗れば間に合うことが分かり、どうにか落ち着きを取り戻す。よく調べもしないで安易に予定を変えるのは良くないなぁ~とつくづく感じた。

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野田は応急処置終わり、一足先に潤子さんと人吉駅を出発

 無事に高速バスで新八代に到着、あとは当初の予定通り、新八代から熊本空港へのバスに乗ればOKだったが、これがまた、想定外のマイクロバスで、しかも新八代に来る前に既にかなりの客を乗せている。補助席も全て使って満員となり、小さな荷物スペースに自転車2台を持ちこんで、前方の乗客には迷惑をかけたと思うがどうにか乗ることが出来て、ひやひやしたが1時間ほどで空港到着。ようやく安心して帰路につきました。


関連リンク:
 RinRin Report 参照(統合版)
 ツーリング記録 参照