秋ラン(紅葉) 足尾

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細尾峠の下り始め
by 吉田&那珂(投稿日:6 Nov 2024)

Map, Click to Expand 日程:2024/11/3(日)~ 11/4(月)
参加:G(計画)、那珂、吉田、宮村、DAZ、アコ、千葉
コース:=日光→足尾銀山平→鹿沼=

 ツーリング記録 参照
<はじめに>
 (吉田記:2024/11/6)

 当初、10月に実施予定だった細尾峠ランは、紅葉の遅れから11月にリスケされ、DAZ氏が金曜日にどうしても外せない送別会があることから、3連休後半の11/3-4に開催されることになった。これが見事に幸いし、11/2の大雨から一転、好天候に恵まれたランになった。(DAZ氏の徳のおかげ?)



Map, Click to Expand 1日目:11/3(日) =日光→細尾峠→足尾→舟石峠→銀山平 (43km/1140m) 晴れ
 メンバ:G、那珂、吉田、宮村、DAZ、アコ、千葉
 (吉田記:2024/11/6)

*集合、出発
 G氏、千葉氏はJRで、宮村氏、吉田は東武線でそれぞれ輪行、那珂氏、DAZ氏、アコ氏は那珂号に同乗し鹿沼に車を置いて輪行にて、東武日光駅に集合となった。
 3連休と紅葉のピークが重なったためか、東武日光駅は混雑しており、駅前のバス乗り場では「本日は大渋滞が予想されるのでバスには乗車しないでください」とのアナウンスまであった。そんなざわざわした雰囲気に影響されたのか、久しぶりの輪行だった吉田は組み立ての際に前輪のタケノコバネを紛失するし、アコ氏は後輪のブレーキシューが舟から外れて修復するのに時間がかかり、東武日光駅出発は9:22となった。

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JR日光駅→東武日光駅を出発

*細尾峠
 既に大渋滞を起こしている国道119号-122号を西に向かい、大谷川を渡ったあたりから日足トンネルを避けて旧道に入り細尾峠を目指す。多少、道路は荒れて落ち葉があったが車がほとんど通らず、平均勾配も4.1%と程よい具合で杉並木の中を気持ちよく上ることができた。16kmと「長い長い峠道」(そんな表現の看板があった)ではあったが一度も休憩を入れずに10:57に細尾峠到着、皆さん体力気力十分で余裕のある様子であった。病み上がりのはずの千葉さんが速かった。

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入りは杉並木 | 落葉で半ば埋まった道
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自主的休憩
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先着した千葉がピークから撮影 | 峠の切通(登山の駐車有り)

 細尾峠を下りきって、国道122号(新道)に戻る。

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下りは明るく紅い色付きも | 南斜面なので乾いている
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つづら折れの下り | 新道合流、「長い長い峠道」の表示

*足尾で昼食、銅山観光
 新道を下ってローソン(G記:足尾で唯一のコンビニ)(11:55着)で補給をしてから、さらに下って足尾まで行き昼食にする。(12:35)那珂氏が鼻を効かして選んだ店が「植佐食堂」で、名物?のソースカツ丼(油を避けたい千葉さんは卵丼)を頼むが甘い味付けでソースと言うよりは醤油みたいな感じであってこれはこれで美味しかった。つき出しも懐かしい味でちょっとうれしかった。

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ソースカツ丼などを食す | 昔は寿司屋だった植佐食堂

 食後の腹ごなしに、すぐ近くの「足尾銅山観光」(パンフレットを見る限りこれが施設名)に行き(13:18)、830円払ってトロッコ電車に乗る。少し高いなと思ったが、なかなか充実した内容であった。ただ銅山が近代、現代の社会に貢献したのはよくわかったが鉱毒に関する説明が余りなく、いかがなものかなとも思った。銅の錆である緑青が無害であることを初めて知った。前述の「植佐食堂」もそうだが「足尾銅山観光」も、時代が止まったかのような昭和レトロであった。

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トロッコ電車で坑道に入っていく
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新旧の支柱夫(支柱担当坑夫)? | 銅山観光を終えて

*舟石峠
 少し足を延ばし足尾銅山の煙突を見た後(15:03)、舟石峠に向かう。

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緩く上って、精錬所大煙突の見える所
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少し戻って古河橋、精錬所遺構、激しい上りの入口

 見るからに厳しい登りで、平均勾配9.1%、3.7km、最大勾配15%は、本当にきつかった。吉田の最小ギアは前34T後ろ30Tであるが、もう後2枚ほど欲しい所であった。さすがに自力に勝るGさんが速かった。(15:43舟石峠)

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かっ飛ぶ二人 | 蛇行する二人
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舟石峠、備前楯山(銅山)頂上が見える

 そのまま下り本日の宿に到着。(16:18)

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DAZが見つけた旅館の入口

 宿泊:旅館かめむら別館
 川に細い青い鉄橋が掛かった先に旅館があり、「植佐食堂」「足尾銅山観光」以上に昭和な感じであった。一部屋に7人で雑魚寝のはずであったが、キャンセルがあったのか3部屋使わせてもらうことになったのは幸運であった。(G記:たぶん、2人1部屋と女性別部屋が基本で、ギュー詰めで良いとお願いした結果、イレギュラーな3人1部屋にしてくれたのだと思います。)
 風呂(温泉だが過熱しているらしい、アルカリ泉質)に入って夕食を食べ(品数多し、大量にエネルギー消費したため、ご飯のおひつのお代わりをする、宮村氏からアミノバイタルの差し入れあり)早々に就寝する。今シーズン初めて石油ストーブのお世話になる。

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夕食
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箸置きに描かれた宿

【DAZコメント】東武日光駅からいろは坂入口までの喧騒と渋滞に驚きつつ、細尾峠への旧道に入ると一転して静かで楽しい峠登りを堪能できた。植佐食堂やかめむら別館の佇まいがとても味わい深いレトロ感で、こういうところがまだあるんだなぁ~と嬉しくなった。ウェア類の選定は、スタート時は厚すぎ・持ち過ぎだったかなと思ったが、銅山坑内や夕方の下りは寒かったし、宿も離れの部屋は冷え込んだので、多めに持ってきて良かったかも。
【千葉コメント】8月末に少々入院したため、その前後は無理しない生活。少しずつ走り始めたのは10月になってから。今回のツーリングは久しぶりのちゃんとした走りでしたが、走り始めは絶好調で細尾峠は軽快に登りました。ただ、その反動か二日目の粕尾峠、古峰ヶ原峠は大変きつい登りでした。
【那珂コメント】細尾峠は、上りも下りもたくさんの落ち葉を踏みしめながら秋の風情を満喫できた。舟石峠の上りは、Gokiさん曰く「燃えている」雰囲気の中で5人が先行したが、勾配がきつくなる辺りで付いて行けなくなり、ここから頂上までの16分間は心拍150-160bpm(事後確認、以下同様)で修行する。
【宮村コメント】〇苦しかったこと:軽い右腰のハリが続き、運動不足になっていた中での久々ランだった。よって、峠が厳しかった。「細尾峠」までは、とても長く、途中で限界ぎみだった。「舟石峠」は、激坂だった。100m強の登りを残す辺りでアコ氏を待つふりをして休憩してしまった。 〇良かったこと:足尾銅山観光をして日本産業の歴史に触れることができた。物思いにふけりながらの戻り道に「通洞鉱山神社」があった。狛犬が怪獣ガラモンっぽい珍しい姿だった。後で調べると1743年に彫られていた。江戸時代の悪条件で仕事する鉱山職人には、ホッとするお姿が良かったか。話は違うが、お土産コーナーにシュッとしたカッパーグッズが欲しかった。 〇気になったこと:「舟石峠」を下り、右に「銀山平公園」入口が見えた左に、「中国人殉難・・・」の表示板があった。気になっていた。後で調べた。「中国人殉難烈士慰霊塔」の表示板だった。奥の丘に「中国人殉難烈士慰霊塔」石碑が建つ。「太平洋戦争の末期、中国から強制連行されてきた257名が、足尾銅山の労働に従事し109名が殉難された」と記されている。朝鮮半島から連行され足尾銅山に従事した方々の殉難慰霊碑も近くにあるらしい。合掌。 〇その他、後ほど興味で調べた:銅を産出した「備前楯山」(備前から移住した住人がこの山で銅鉱脈の露頭を見つけた。鉱脈の露頭のことを楯という。それで山の名が備前楯山になった。)について、周辺は2億~1億5000万年前の砂岩,泥岩,チャートから成る地盤だが、本山は約1500万年前にその地盤を割って噴出した火山とのこと。本火山は流紋岩塊(白色系の火成岩、石英が多いのでガラス質の石を含む)。銅鉱脈は、マグマと接触し様々な鉱物を含んだ熱水が、流紋岩塊のひび割れを通過した際、銅がひび割れにうまく沈着し、できたらしい(熱水鉱床という)。
【Gコメント】RinRin Projectを始めてまもない頃に行って良いイメージが残っている細尾峠(旧国道122号線)は、ほぼ車無し。林を抜け、落ち葉で半分埋まっている適度な勾配の道をゆったり登れた。下りの道も落ち葉で半分埋まっていたが、南側のため乾いていて危ないところなく良かった。銅山観光で少し時間が押してしまったので、銅山遺構の見学は精錬所の大煙突が見えた所までとして、舟石峠への上りに入った。この短い上りの勾配はかなりきつかった。苦しくなるペースまで上がり、最後は一人になるも、峠直前で吉田に追いつかれた。(去年一緒に走るようになってから、初めて先行したのだが。)なんとか、夕暮れ前に宿に到着できて良かった。宿のおじさんの話では、コロナ前までの約20年、舟石峠をめぐる足尾の道で車のラリーが行われていたそうだ。完全閉鎖できて難易度が高く、ラリーには打ってつけのコースだなあと思う。足尾の街の活性化のためにも再開してくれたら良いのにと思う。


Map, Click to Expand 2日目:11/4(月) 銀山平→足尾→粕尾峠→前日光ハイランドロッジ(ハイク)→古峰ヶ原峠→古峯神社→鹿沼= (61km/943m) 晴れ
 メンバ:G、那珂、吉田、宮村、DAZ、アコ、千葉
 (吉田記:2024/11/6)

*出発
 当初、朝食は9:00からと言われたが、7:00に変更してもらい(2時間の前倒しは抵抗があるかと思ったが、あっさり了承された)満腹中枢がマヒした体に大量にグリコーゲンを摂取してから(朝食ははじめからおひつが2つであった)8:10に宿を出発する。
 アコ氏のサドルが後ろ過ぎるということで出発前に少し前に出す。(G記:アコ氏のロードバイクのデビューは2009年GWツアー。その際、立ったフレームに馴染めなかったので、以前のランドナーのような後ろ乗りになるようサドルを目一杯後ろにしました。しかし、前日のコンビニ休憩時に宮村の自転車に乗せてみたら、これがしっくりくるということで、大分ロードバイク的な乗り方が出来ていると判断して、朝にサドルを10mm前に移動。粕尾峠への上り途中の休憩時に、反応を見て、サドルの前を少し下げ、高さを5mm上げました。)

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宿裏の猿田彦神社に参拝 | しっかり防寒対策をして下る

 8度まで下がった中を、しっかり防寒対策をして足尾まで下り一旦足尾駅寄る(8:35猿がいた)。

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足尾駅のホーム、古い車両の展示あり | トイレ施設に猿の親子を発見

*粕尾峠を経て前日光牧場
 足尾駅から、粕尾峠を経由して前日光牧場までの長い登り(14.5km/703m)に向かう。事前情報では粕尾峠の平均勾配は5.2%だったので昨日の船石峠よりは楽だろうと思っていたが、これが時々12%を超える激坂で、途中に1回休みを入れなんとか粕尾峠にまでたどり着く。(10:05)

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粕尾峠までに一回休憩
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粕尾峠に辿り着く

 登り途中の休憩時に、アコ氏はサドルの再調整(サドルを上げて若干前下がりにする)、宮村氏は腰への負担を減らすためにサドルを少し前に出すが、おかげでゆっくり休むことができた。(G記:宮村がきつい上りでサドルに前が少し当たると言いました。これはしっかり乗り込み(ペダルに上半身の荷重をのせること)を行おうと体が求めているサインと見て、サドルを前下げしました。その後、サドルの少し前側に乗ってしまうとのことで、最終調整でサドルを4mm前に移動しました。これで上りでパワーが出やすくなると思います。ただし、出せなかったものが出てしまうので、慣れるまで少し疲れるかも。34Tを付ければ少し筋力負担が減りますよ。)

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アコ氏のサドル調整 | サドル調整の必要性をアピール

 粕尾峠からさらに登りピーク付近でもう1度休憩を入れる。その後は小さな登りと下りが続きようやく前日光牧場(前日光ハイランドロッジ)に到着した。(11:02着)途中で見えた男体山がきれいであった。

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北に開けた所で男体山が見える | 高原状のアップダウンが続く 
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前日光ハイランドロッジ手前の最後の上り | 前日光牧場内に入ってから来た道を振り返る

*横尾高原のハイク
 前日光牧場からはG氏、宮村氏、吉田は靴を履き替えて象の鼻展望台、井戸湿地をトレッキング。象の鼻展望台からの眺めは良かったが、井戸湿地に向かうまでは結構な道(ほぼ登山道)で難渋した。MTB用のビンディングシューズの千葉さんが大変そうであった。

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まずは象の鼻へ | 象の鼻展望台
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山道を降りて到達した井戸湿原、昼食中のハイカーにチャリダーねと言われる

*古峯神社
 12:55に前日光牧場を出て少し上り返した後は一気にダウンヒルを楽しみ古峯神社に到着し少し遅い昼食となる。(13:25)
 吉田は、新鹿沼発16:18の東武特急を予約してあったので、昼食をパスし、ここで離脱する。(予定が変更され、新鹿沼までは31kmと短くなったことを理解しておらず、結局、1時間かからずに新鹿沼駅についてしまい、時間を持て余したのはご愛敬)

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東武新鹿沼駅で輪行

*古峯神社以降の本隊
 (那珂記:2024/11/6)

 古峯神社に到着すると、帰りの東武線を予約済の吉田さんは昼食も参拝もスキップして新鹿沼駅を目指して下ることとなり、本体から離脱された(13:29)。
 本隊は遅くなってしまった昼食を摂るべく食堂に立ち寄るが、店のおじさんに40分かかると言われて先ずは参拝することに。この神社は1300年以上前の創祀で、開祖は勝道上人。明治まで神仏習合の霊場として日光全山の僧の行場となり、そこから天狗信仰が生まれたとのこと。社殿には自由に入ることができ、御祭神が祀られているであろう広間と、これとは別に天狗が祀られている部屋がある。いかにも天狗様の神社のように見受けられるがそれだけでもなさそう。宮村さん曰く、「この神社は天狗の由緒が明確でないので御朱印はもらわない」とのことであったが、ご尤もと思った。後日HPで調べたが、御祭神は日本武尊(ヤマトタケルノミコト)で、天狗は熱心な崇敬者から奉納されたもの、とあるだけで具体的な関係性は不明。全国各地に崇敬者による「講」が組織され、春秋には講員の中から選出された代表が参拝に集まるらしい。

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古峯神社を参拝、紅葉は今ひとつ

 このあと「古峯園」という庭園を散策しようとしたが、紅葉が今一つの様子なのでパスする。ここで先ほどの食堂に戻って昼食に再トライすると、タイミングよく注文することができた(既に14時過ぎ)。ただ、もう登りは無いので軽めのボリュームで十分ということで、昆布そば/うどん、かき揚げ丼、味噌こんにゃく(これはみんなで分け合う)などを頂く。こちらで集金すると¥5,500ほどになったが、会計は¥4,550という。ちょっと躊躇していると件のおじさんは、「計算間違ったかもしれないけどこれでいいから」ということで、ありがたく一人あたり150円ほどサービスしてもらう。

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実質只になってしまった味噌こんにゃく | 古峰神社を出発すると後は下るだけ

 陽が傾き始めた頃にここを出発(14:52)。時間が押してしまったので、当初予定していた県道246号ではなく吉田さんが下ったのと同じ県道14号で下る(JR鹿沼駅まで28km、降下526m)。最初の5km位をほどほどの勾配で気持ち良く下ると、「古峯神社一の大鳥居」が現れる。実は先ほどGokiさんに「以前、堀田も一緒に逆コースを走ったことがあるよ」と言われてよく思い出せなかったが、この鳥居を見てその時の記憶が蘇った。
 このあたりからは下り気味ではあるがほぼ平地となり、先ほどまでの勢いをなるべく保つようにペダリングの負荷を増していく。だいたい脚が目一杯となってきた頃に、左手の山がきれいな岩肌を露出させているのが見えてきて撮影がてら休憩。機械加工したみたいに垂直に切り立った壁となっている。宮村さんにお尋ねしてみると、これは天然ではなく採石場とのこと。

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汗だくになっていた那珂が、深岩山が見えた所でちょっと撮影休憩、夕暮れ前

 後日ここで撮った写真をGoogleLensで検索すると、「大谷石産業」という会社が扱っている「深岩石(ふかいわいし)」の採掘場であることが判明した。(https://ooyaishisangyo.com/material/fukaiwa/)GoogleMapを拡大すると「石切場」と表示されていて、クリックすると関連情報として「川田石材工業採掘場」と出てくる。深岩石はこちらの会社が採掘して大谷石産業は代理店なのかもしれない。(https://www.fukaiwa.jp/#cnt03)参考までに、上記の関連情報として見つけた「大谷資料館」は以前テレビでも見たことが有るが、大谷石の採掘場跡が地下神殿のようになっていて、一度訪れてみたいスポットである。(http://www.oya909.co.jp/

 ここから7km程走ってJR鹿沼駅には16:03に無事到着。Gokiさん、宮村さん、千葉さんは輪行で、ダズ、あこし、那珂は車で帰路につく。

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JR鹿沼駅で解散

【DAZコメント】粕尾峠への登りや前日光牧場ハイクでは、素晴らしい展望や小さな紅葉を見つけて楽しめた。サドル調整を巡るGokiさんと宮村さんとのやりとりが最高に面白くて、お互いの信頼関係があるからこそと思いますが、絶妙なぼやき・つっこみの応酬で大笑いさせていただきました。全般にお天気にも恵まれて、楽しい秋ランになりました。
【千葉コメント】前日光高原から走り始めると前輪ブレーキ時に異音。色々調べてみるも直らず古峰神社からの帰途は異音と前輪の不安定さに悩まされながらも無事に鹿沼着。それでも、久しぶりのグループでのランを楽しみました。皆さんありがとうございました。
【那珂コメント】この日は上りのプロファイルをよく理解しておらず、上っても上っても終わらなかった。最初は緩い勾配だったが、軽いギアで15分ほど走ると心拍が140bpmまで上がって、脚も一杯になる。ここで少し離れて後方にいたはずのGokiさんがあっさりと先行して行くと、気持ちが萎えたのか心拍は120bpm位まで落ちてしまった。が、次の休憩地点まで苦しさは変わらなかった。粕尾峠では、ここで終わりかと思いきや上って行くほうの道を行くと知ってかなり凹む。勾配が急になった辺りで、林の中に紅葉がきれいなスポットを見つけたことをいいことに自主的に写真休憩とする。もう5分位頑張っていれば皆さんが休憩していた地点まで辿り着けたのに・・・。このあと前日光牧場までの道のりも、標高差は無いのに疲れた。結局この日は上りで心拍が140bpmを越えることは殆どなかったが、いつもより辛く感じられた。やはり事前のコース理解は大事と思った。
【宮村コメント】〇苦しかったこと:今日も登坂が厳しかった。「粕尾峠」への登坂は、長距離&時々急こう配で、足がすぐ疲れ回らなくなった。途中の休憩時、Gくんが登坂時に踏み込みやすくなるよう、テスト的にサドルの先やや下げ、やや前スライドをしてくれた。「SMP Composit」サドルの標準位置とは違うのだがと思いつつ踏んだ。結果、前より踏み込めた。ただ、慣れていないからか腰や太腿がどんより疲れた。「粕尾峠」から前日光牧場入り口までの登坂も腰や大腿が疲れており、きつかった。 〇良かったこと:前日光牧場で様々な景色を楽しみながらハイクできた。「象の鼻展望台」から見えた男体山や赤城山は存在感があった。真赤や濃黄色に紅葉した何本かのカエデ類?が「井戸湿原」に際立っていた。ロッジへの帰り道、小さい赤い実がたくさん生った木々について、那珂くんが何でしょうと言っていたので、調べてみた。大きい木は「ズミの木」では? 低木は不明。 〇その他、後ほど興味で調べた:今回ランで通過したり、横を通ったりした、日光、足尾、銀山平の北西にそびえる庚申山(こうしんざん)、横根山、古峰ケ原(こぶがはら)、古峯神社、石裂山(おざくさん)を修行場とした「勝道上人(しょうどうしょうにん)」をより詳しく調べてみた。結果、「勝道上人」は735年生-815年没(782年、男体山に登頂成功、これで日光完全開山か)だった。一方、高野山を開山(816年)した「空海」は774年生-835年没。何と、「勝道上人」は「空海」の先輩大物僧だった。和歌山県出身の自分としては何だかショック。何はともあれ、歴史・地質・温泉・晩秋の情景・ヒルクライム何でも沁みた満足ランでした。
【Gコメント】足尾駅へ行く途中に見かけた宿の本館(亀村旅館)はもしかすると以前のランで泊まったところかもしれない。粕尾峠までの上りで、吉田は体が重いようで、峠直前は那珂と二人になった。日光牧場から横根高原のハイク、履き替えたヨガシューズでの山歩きは意外に快適で楽しかった。ただし、ハイク他で予定より1時間以上おしたので、古峯神社から粟尾に抜けるのを止めて真っ直ぐ鹿沼に降りることにした。一の大鳥居からの長い緩斜面は、那珂がトップで激走した、最後に汗だくになるほどに。自分は付き一で気持ち良く楽をさせてもらった。総じて紅葉は今一つだったが、二日とも晴天で、静かな峠道、廃墟観光、レトロ温泉、厳しい峠道、良い眺めの高原ハイク、長い下り、と盛りだくさんを楽しむことができた。

【アコ氏コメント】今回の企画は、最近のrinrinでは珍しく比較的ソフトなコースで(といっても初日1100アップ泣)、日光の紅葉や足尾銅山見学などの観光ポイントも含まれていたので、ようやっと重い腰を上げて参加することに。 ランは今年のGW以来、加えて何のトレーニングもしておらず、峠の登りではかなりの衰えぶりを発揮?してしまいました。激坂連続の舟石峠ではサドルの上に乗ってない(押し)時間の方がよほど長かったかも…。が、ゴキさんにサドルのポジジョンを調整してもらったおかげで乗車中の腰痛はかなり改善された気がします。自分のロードバイクデビューが2009年で、サドルを後寄りのポジションで調整してもらったことを綺麗さっぱりと忘れてました。記録は大切ですね。ゴキさんありがとうございます。
 サイクリングはさておき、今回の旅では足尾の食堂と宿が想定外の収穫でした。 この令和の時代に足尾が賑わっていた頃の記憶を留める場所がまだ現役で頑張っているとは…!「植佐食堂」の薄い衣に包まれた柔らかいお肉と甘辛タレが絶妙なハーモニーのソースカツ丼と、廃屋かと思って通り過ぎてしまうほど老朽化著しい「かめむら別館」の源泉掛け流し温泉(加温はしているらしい)、どちらも経済効率性とはほど遠い絶滅危惧種であるのは間違いなく、その灯が消えてしまう前にまたぜひ足尾を訪れたいと思いました。次回は植佐食堂の後、電動レンタサイクルを借りて舟石峠を楽々と越え、かめむら別館に泊まったらどうか…などと構想中。
✳︎植佐食堂:昔は植佐寿司と言う名前で、足尾では唯一の寿司屋だった。創業は1924年より前らしい。最盛期は20人近い従業員がいて、店で50キロの鮪を捌いていたそう。
✳︎かめむら別館:銅山の閉鎖とともに通洞駅近くの本館を閉じて、銀山平に別館を開業。足尾温泉の開湯は1971年。古河鉱業が探鉱中に泉脈を発見したことが始まり。


<おわりに>
 (那珂記:2024/11/6)

 久し振りに大人数で走った泊りがけランは、賑やかで楽しく過ごすことができた。厳しい登りもあったが休憩をはさみつつ気持ち良く走れた。好天に恵まれて、いくつかのスポットでは秋の風景を楽しむことができて最高の2日間であった。途中、Gokiさんがあこしや宮村さんにヒアリングしながら、「痛みを感じる時が調整のチャンス」と言いながらサドル調整されていて、その親切さと熱心さに感銘を受けた(時間が押してしまわないか少々心配しましたが)。「変えてみてダメならその時考えればいい、シミュレーションは後付け」という言葉に共感しつつ、宮村さんの「工学部の人はすぐこうだから・・・」の一言に、そういう見方もあるのだなと勉強になった。


関連リンク:
 1992年 足尾-日光
 2009年 GWツアー 奥久慈
 2013年秋ラン(紅葉) 古峰神社
 2023年秋ラン(紅葉) 古峯神社