秋ラン(紅葉) 八幡平(工事中)
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by 那珂(投稿日:16 Oct 2025)
日程:2025/10/9(木)~ 10/10(金)
参加:G(計画)、那珂
コース:=西根→玉川温泉→西根=
ツーリング記録 参照
<はじめに>
10/4にGokiさんより仕事リタイア組宛に案内があり、急遽参加することに。今回のコースは1992年夏の東北ツアーの一部をたどるとのこと。宛先のほかに声をかけた高田氏含め、他メンバーは都合が合わず、最終的に二人旅となった。移動手段は、軽い気持ちで車を選択したが、思いのほか帰りはきつい行程となってしまった。
0日目:10/8(水) 前日
メンバ:G、那珂
*移動(往路)
那珂は前日10/8(水)16:00-21:00の間、床に着く。病気以外でこんな時間帯に寝たことはまず無いが、なんとか3時間以上の睡眠はとれたと思われる。22:15出発、Gokiさん宅0:05着、0:15発、途中の安達太良SA、長者原SAで休憩、さらにどこかのPAで15分ほど仮眠の後、6時半頃に道の駅にしねに到着(所要時間8時間15分)。移動中、Gokiさんは寝ずに話をしてくれたお陰で睡魔に襲われずに済んで大変ありがたかった。
1日目:10/9(木) =西根→松尾鉱山→八幡平→大沼→玉川温泉 (64km/1827m) 曇り後晴れ
メンバ:G、那珂
*出発
道の駅からは今回の周回コースの中心に聳える岩手山を望むことができるが、その中腹から上はすっぽりと雲に覆われている。どんな天気になるのかはあまり期待せずに走り出す。R282を北上し、県道301を経由して、県道23を西進する。直進すると県道212の樹海ラインとなって藤七温泉に向かうが、この交差点を右折して引き続き県道23のアスピーテラインへと進む。
*Gokiさんの疑問・・・アスピーテとはなんぞや?
ネットによると、アスピーテ、コニーデ、トロイデなどの呼称は20世紀初頭に火山を地形で分類したもの。現在火山学では構造や成因を反映した、楯状火山や成層火山、溶岩ドーム、などの言い方をする。おおまかにはアスピーテは楯状火山、コニーデは成層火山に相当するが実際には異なることもよくある。八幡平アスピーテラインはなだらかな形状からこのように名付けられたが、現在八幡平は楯状火山ではなく成層火山群に分類されている。(出典:Wikipedia 他)
*松尾八幡平ビジターセンター(15km、461m、8:24-8:33)
右折して間もなく到着するが、まだ開館時間前なので、トイレ休憩のみ。
ここから登りが始まる。時々Gokiさんが今のパワーが何ワットと教えてくれて、何となくワット数の感覚を知ることができた。
*旧松尾鉱山宿舎跡(899m、9:20-9:30)
予めgooglemap上で目標としていたが、近くに来ても県道23からは何もそれらしいものが見えない。そこで少し手前にあった分岐に入ってみる。するとなぜかこのような場所に「学習院八幡平校舎跡」なるものがある。これを過ぎてやや下っていくと、右手にボロボロになった4階建てほどのアパートのような建物が目に入ってきた。これが宿舎跡に違いない。さらに進むと同様の建物が複数建っている。ふと長崎の軍艦島を思い出す。
その先には旧鉱山跡があるようだが、関係者以外立入禁止と書かれている。また、遠くに目をやると、これから行く道と思われるところに白い煙が立ち込めている。鉱山関連の施設かとも思ったが、後ほどでそうではないことが判明する。
*どうしてここに学習院八幡平校舎?
改めて調べてみると、校舎は閉山した松尾鉱山にあった松尾鉱山病院を松尾村から譲ってもらった堂々としたもので、昭和48年6月1日に女子部の林間学校の開校式とともに開校した。その後多くの児童・生徒・学生の校外学習の場となってきたが平成18年3月、33年間の歴史に静かに幕を降ろした、とのこと。(出典:学習院桜友会)
*松尾八幡平地熱発電所(953m、9:42-9:59)
アスピーテラインに戻って再び登り始めると、やがて先ほど見えた白い煙が近づいてくる。そして突然右手に現れた新しめの施設は「松尾八幡平地熱発電所」であった。解説図によれば、地表からの雨水が地下に浸透し、地熱で温められて二相流(蒸気と熱水)となり、これを気水分離器に通して取り出された蒸気でタービンを回して発電し、一方の熱水は地下に還元される。外に放出されている白い煙は、余剰の蒸気から非凝縮性ガスを除去したものと推察される。運転開始は2019年、出力は7499kW。小規模であるが、再生可能エネルギーのモデル事業のひとつなのだろう。
*紅葉(1078-1195m、10:06-10:28)
このあたりにくると周囲の景色はかなり紅葉となってきて、ときどき立ち止まって写真撮影とする。欲を言えば少しでも日が差してほしいところ。
朽ちかけた木の道標(八幡平アスピーテライン展望なんとかと書かれている模様)のあるところからは、雲がとれた岩手山全体を見ることができた。(後日、1992年夏ツアーのアルバムを見ると、まだはっきりと「八幡平アスピーテライン展望所」と読める。)
*源太岩展望所(1275m、10:35-10:46)
どれが源太岩なのだろうと振り返ってみると、今通ってきた道の山側にひときわ大きな岩が縦長にそそり立っているのが見える。いつ倒れても不思議ではない様相を呈しているが、きっと太古の昔からこうなのだろう。
このあたりでは針葉樹が増えてきて、近くにだけにある赤い葉っぱが際立つ。
*熊沼(1404-1416m、11:01-11:12)
15分ほど登ると左手の谷側に黄色くなった木々に囲まれた沼が見えてきた。少し進んで別のアングルからも沼を眺める。空の雲も薄くなってきて、これから緩く登っていく道の上には青空が見えている。頂上が見えてくると元気が出てくる。
*八幡平山頂レストハウス、散策(1547m、11:30-13:33)
汗をかいたところに少々風が吹くと一気に体が冷えていくので、とりあえず岩手山をバックに写真を撮るとすぐにレストハウスに入って昼食とする。Gokiさんは源太カレーうどん、那珂は牛丼。
食べ終わって外に出てみると青空がどんどん広がって日差しもたっぷり。寒いと思って長袖とウィンブレを重ね着して出てきたが、ポカポカと心地よい。頂上付近の案内図によれば、ガマ沼と八幡沼が見えるあたりまで20分とあるのでここまで歩いてピストンすることにする。
遊歩道を登っていくと急に左手の低木が開けてガマ沼のほとりに出る。水が澄んでいるので、あたりの茶色い土が沼底に続いているのがよくわかる。そして噴石らしき数十cm~1m弱くらいの岩が散在している。もう少し先にある看板によると、ガマ沼の中には3個の火口があり、深さは9.1mとのこと。
もうひとつの八幡沼は展望台から少し遠くに望むことができる。こちらは東西方向に並んだ数個の小さい火口が同じ水面でつながったものでガマ沼より大きい。一番深いところで22.4mとのこと。どちらも青空のもと、きれいで静かな佇まいを見せてくれていた。
さてここに来て改めて案内板を見ると八幡平山頂まで5分とある。天気も良いし、次回ここに来る機会は無いだろうということで、行ってみることにする。木で組まれた展望台に上ってみると、なるほど八幡平という名の通り、全方位にアオモリトドマツ(オオシラビソ)が広がる高原状の景色となっている。その様子は深田久弥著日本百名山に記述されているそうで、その抜粋がここに設けられた石碑に刻まれている。
*ピーク~大深沢展望台(1578→1560m、13:37-13:43)
一番高いところは実はレストハウスよりも先にあって、ここから30mほど緩く登るが高原の道を青空に吸い込まれるように進むのは気持ちよい。
少し下り始めたところが大深沢展望台で、秋田方面の山々が遠くまで見渡せる。この大深沢は雄物川の支流である玉川の源流域とのこと。因みにこの日に泊まった玉川温泉を流れるのは玉川ではなく渋黒川であり、渋黒川は玉川温泉から8km程下流で玉川と合流する(明日はそこを通る予定)。
ここから下り勾配がややきつくなってきていくつか九十九折れが続くが、きついコーナーではないので快適に下れる。ただ那珂のバイクは、カーブ中に軽く当てたリアブレーキがスティックスリップ(振動を伴いながら摩擦力が発生する状態)が起きてバイクが振動してしまい、初めてのことで驚いた。おそらく最近リアのブレーキシューを交換したのだが、その際に慣れないトーインを付けたのが不適切だったのだろう。
やがて勾配が少し増して、周囲が林になってきたかというところで工事による片側通行規制で一旦停止。旗振りのお兄さんが「ゆっくりで大丈夫です」と声をかけてくれる。
*ふけの湯ゲート(1156m、13:54-13:57)
工事区間が終わると、遠くの谷の一部が地肌むき出しとなって湯煙らしきものも見える。これが「ふけの湯」のようだ。
*後生掛温泉への分岐(987m、14:00-14:01)
Gokiさんによると1992年夏ツアーで後生掛温泉を散策したとのことだが、那珂は記憶にない。(帰宅後アルバムを見ると、確かに訪れていた。)
*八幡平ビジターセンター@大沼の前(957m、14:04-14:30)
八幡平の成り立ちや生態系などを勉強。標高1200mを境に下部はブナ林、上部はオオシラビソ林に覆われているとのことで、先ほどの上りで見てきた紅葉の分布と符合する。いろいろな木の花粉を顕微鏡観察することもできた。
*1992年夏ツアー記憶の答え合わせ
Gokiさん、那珂(洋+陽)の3人は1992/7/25-31の日程で岩手・秋田を走ったというレポート(宮古→岩泉→滝沢→藤七温泉→乳頭温泉→網張温泉→小岩井)がrinrin通信7号に掲載されている。この中で7/29にはアスピーテラインの下り(後生掛温泉までの区間、少なくともR341に出るまでの区間)で70km/hを超えたと書かれていて、かつGokiさんも那珂もその速度をメータで確認し、怖いくらいのスピードであったということをはっきり記憶している。
しかしながら今回のツアーで下った際にはどこにもそのようなスピードが出るところは無く、最高でも55km/h程度であった。はたして70km/hものスピードが出たのはどこであったのか?という疑問が残ってしまった。そこで以下3つの仮説について検証を行った。(那珂としては仮説3が有力と考えているが、周囲の景色の印象が異なる。)
- 仮説1)当時と現在でルートが変わった。
→ 当時使用した「東北ツーリングマップ」にはその時のルートがマーカーでなぞってあるが、アスピーテラインの下りについてgooglemapと見比べてみたが相違点は無かった。
- 仮説2)スノーシェルターで見通しが悪くブレーキをかけてしまったが、昔はシェルターが無かったのでは?
→ 情報見つからず。ただ、見通しの問題よりもシェルター内の路面の荒れ具合が酷かったことのほうが大きいかも。
- 仮説3)ふけの湯ゲート手前に工事区間があって一旦停止したが、このあたりだったのでは?
→ Gokiさんに作成頂いたガーミンのコース案(10/8版)で勾配を確認すると、40.33km地点のコーナーから41.12km地点のふけの湯ゲートまでの区間では平均9.0%(最大は約9.6%)であり、他の区間が7~8%であるのに比べて急勾配となっている。緩いカーブが含まれるが比較的直線的なのでスピードは出せそう。
*R341に出る(621m、14:39-14:48)
ここから再び登りとなるが、今日最後の登りということで気を取り直す。途中で体が温まってきたのでさっさと重ね着していた長袖とウィンブレを脱げば良かったが、もしかして頂上まで暑さを我慢できるかと粘ってしまった。しかし我慢しきれず一旦停止して脱ぐが既に汗だく(912m、15:17-15:18)。
*大場谷内(969m、15:24-15:28)
ここがピークとなる。湿原までの木道を30分ほどで往復できるようだが、花の季節でもないので休憩のみとする。ここまでくればあとは宿まで下り基調。
宿到着(標高751m、15:39到着)
宿泊:玉川温泉、自炊部での宿泊で2食付き、¥12030/人
温泉は塩酸を主成分とした強酸性(源泉はph1.2)で、ラジウムも含む。
浴槽は11種類あり、源泉100%、源泉50%、などの酸性度合いや温度が異なるほか、箱蒸し湯や立ち湯、寝湯などもある。源泉100%は体のあちこちでピリピリする。客室は旅館部と自炊部で建物が別だが、二階の渡り廊下で行き来可能となっている。風呂は自炊部側にあるのでありがたいが、食事は旅館部側なので遠い。自炊部なので浴衣はあるがタオルは無い。ヤカンとポットはあるがお湯や茶葉は無い。これらは想定内で、必要十分なアメニティーといえる。
夕食はメインディッシュを肉か魚から選び、他はバイキング形式で好きに選べる。普段ならビールの1杯くらい飲むところだが、今回はテーブルに食事を持ってくるとすぐさま食べ始めたい気分で、自然とアルコール抜きとなった。たぶん寝不足で走って疲れたせいであろう。食後は一旦部屋に戻り、洗濯するために改めて部屋を出たものの、洗濯機の場所をちゃんと確認しなかったために、あちこち探し回った挙句結局見つからず再び部屋に戻って案内図を確認することに。建物の造りが複雑なだけに、結構歩いて食後の運動をする羽目になった。
【Gコメント】
2日目:10/10(金) 玉川温泉→宝泉湖→田沢湖→仙岩トンネル→小岩井農場→西根= (103km/1034m) 曇り時々晴れ
メンバ:G、那珂
*出発前に
5時半前に起床、まずは朝風呂へ。昨夜浸からなかった「湯の華の湯」に入る。いつもは朝風呂に入らないGokiさんも、ちょっと珍しい酸性の湯にもう一度浸かってみたいとのこと。
このあと宿の近くを巡る「玉川温泉園地自然探求路」の一部を散策する。湯煙の立つ河原沿いの木道を進んでいくと、「北投石が結ぶ温泉提携記念碑」がある。北投石とは世界の2か所でしか産出されないラジウムを放射する鉱石(鉛を含む重晶石(硫酸バリウム)の一種)で、その産出地が台湾の北投温泉とここ玉川温泉ということから、その縁により設置されたもの。もう少し行くと北投石の説明板があって採取禁止と書かれている。しかし周囲にごろごろと転がっている岩がその北投石なのかどうかは定かではない。
さらに進むと今度は人が寝転がっている。地面がタイル敷きとなっていて、その上に各自ゴザを敷いて寝ている。どうやら地熱で温まる岩盤浴もどきのようだ。タイルを手で触れてみるとほのかに暖かい。そのそばでは、川の中から勢いよく温泉が噴き出している。ここは「大噴(おおぶけ)」といって、98℃、pH1.2の強酸性の温泉水が毎分8400Lも湧出しているという。さらに進むとあたりは地肌むき出しのエリアが広がって各所から湯煙が噴出している。その一角に3か所ほど屋根付きの岩盤浴場があって、すでに湯治客で混みあっていた。散策路はまだ先があったが、朝食の時間(7時)も近いので引き返す。
朝食はやはりバイキング形式で、お腹一杯に。白ご飯(秋田小町)も美味しい。
*出発
出発間際にGokiさんが宿の人から有益情報を入手。前日に下った急坂を戻らずとも、川沿いの遊歩道を行けば新玉川温泉を経由して、そのまま国道に出られるとのこと。体がだるいので、誠にありがたや。
出発(標高751m、8:44出発)
*Gokiさんのテーマ・・・毒水と中和
事前にGokiさんからこの地域のトピックスとして次のようなことを聞いていた。玉川温泉から発生する強酸性の温泉は「毒水」として玉川を流れて下流域の農業や水生生物に悪影響を及ぼす問題があった。また現在はその酸性水を中和処理して川に流している。今朝は先ずこの玉川温泉でその源となる現場を見ることができた。このあとも、このテーマに沿って見学していく。
*玉川温泉ビジターセンター(748m、8:54-9:51)
教えてもらったとおり、ほとんど登ることなく到着。開館時間より少し早いが入ることができた。職員の方がビデオを見られますよと案内してくれる。歴史も学ぶ。
1681年に大噴が発見されて、火薬原料として硫黄が採掘精錬されるようになったのが始まり。1841年に毒水(下流域に酸性水が悪影響を及ぼしていた)の源が大噴と判明して除毒(中和)の歴史が始まる。温泉としての開発は1932年になってからのことで、1934年に玉川温泉開業。1940年に生保内(おぼない)発電所完成、田沢湖に玉川の水を導入したことで酸性汚濁化しクニマスなど死滅。1991年に現在の中和処理施設が稼働。
帰り際に職員さんに中和施設について情報がないか尋ねたところ2種類ほどパンフをくれた。中和施設は玉川ダムの管轄なので、そちらに聞いて欲しい由。
なぜ玉川水系の酸性水を田沢湖に導入したのか疑問が残るのでネットで調べてみると、上記の生保内発電所(秋田県内最大の水力発電所、32500kW、水量75m^3/s)は田沢湖の下流側にあって、田沢湖の水位をダム湖として利用するため、大きな流入河川の無い田沢湖に人工的に水を導入(上流側にある田沢湖発電所から水量35m^3/s、および玉川支流の先達川から )する必要があったようだ。他の理由としては、田沢湖で酸性水を薄めて農業用水として利用するため。そうはいっても田沢湖の貯水量が7.2km^3なのに対して、田沢湖発電所から流入する酸性水は1年に1.1km^3にもなる計算となり、同時に同量程度の真水が流入(先達川からの人工導入など)していたとしても、酸性水の影響が大きいであろうことは想像に難くない。
ビジターセンターを出てすぐに橋を渡る際、右手の遠い谷あいに中和施設を見ることができた。このあとはR341の一本道を下るのみ。やがて左手に玉川ダムによって造られた宝仙湖が見えてくるが、その長いこと。なお、宝仙湖の手前で渋黒川と玉川が合流するところを見たかったが、下りの勢いで通り過ぎてしまった。先ほどのビジターセンターの写真では2つの川の色が異なっていて、実際にどうなのか見たかった(現在は中和処理によって色の違いは無いのかもしれないが)。
*玉川ダム資料館(412m、10:47-11:26)
まずは源泉pH1.2の影響について。鉄釘がボロボロになっていく中間サンプルが並べられているのは、そりゃそうだろうね、だが、コンクリートの試験片もボロボロになっていくのには驚かされる。そしていよいよ期待の中和処理について解説があった。1日に42tの石灰石を使用してpH3.5以上に中和するとある。が、これは果たして毎分8400L湧出するpH1.2の酸性水を中和するのに十分な量なのだろうか?高校化学の試験に出そうな問題である。水素イオン濃度を10^(1.2-3.5)倍にする?、石灰石ってCaCO3?、塩酸HClを中和する反応式は?・・・。やはり解けそうもない。(これってちょっと調べると中学レベルかも。)
いずれにしても1989年の中和開始(ビジターセンターの1991年と異なっているが)以降のpH概略値は、放流水(たぶん中和処理直後)pH3.5、渋黒川pH4、玉川ダムpH5、田沢湖pH5.5、などとなっている。田沢湖については中和開始前のpH4.7から改善しているが目標値のpH6にはもう一息届かないようだ。
*秋扇湖水没林(347m、11:32-11:39)
玉川ダムのすぐ下流には、鎧畑ダムによって造られた秋扇湖があるが、時期によっては秋扇湖の水位が上がって水没林が見られるらしい。が、この時期は水量が少なくてただの林であった。
ところで宝仙湖の手前あたりから田沢湖にかけては下り基調なので楽なはずなのだが、異様に疲労感が大であった。先行するGokiさんが脚を止めている状況でも一生懸命漕がないと離れてしまうシーンがしばしば。後でこの時の状況をガーミンで見比べると、Gokiさんの心拍は100前後なのに那珂は140-150とかなり必死だったことが判明。走っている時は前日の疲れか風邪気味のせい、はたまた強酸性温泉の後遺症(確かに湯あたりしやすいらしい)かと思っていたが、自転車側の要因(グラベル用タイヤの転がり抵抗、Fバッグの風の抵抗など)もあるかもしれない。
*田沢湖畔、レストランで昼食(256~260m、12:14-13:20)
平日のせいだろうが、誰もいない閑散とした湖畔。遊水エリアということで水遊びができるところのようだ。ここは砂浜になっているが、このあたりに砂ってあるのだろうか?天気はすっかり曇っていて、疲労感増大中の那珂は早く昼食にしたくなる。当初予定では雫石とか仙岩トンネル手前の茶屋とかという案があったが、とてもそこまで行けないので、googleで見つけたすぐそばの「きっちんカフェ槎湖」に入る。Gokiさんはカツカレー、那珂は焼きチーズカレー、いずれも¥1300だったかと。
食事を終えて落ち着いたものの、時は既に13:20。しかし今日はまだここまで下っただけで上りの分は全くこなせておらず、距離もまだ60km以上あって気分が少々落ちる。引き続きGokiさん先行でスタートして頂いた。R341と平行する道を南下してR46に入る(250m、13:40)。ここから徐々に登りが始まり交通量も多くなる。疲労感十分の那珂には少々きついペースだがなんとか頑張る。そのおかげで逆に体が少し立ち直った気がする。湯あたりから抜け出したかも。
*仙岩峠の茶屋(347m、13:49-13:54)
ここはR46の旧道への分岐点で、Gokiさんによれば、1992年に来た時には旧道が通れるかどうかこの茶屋で尋ねたらしいが、全く記憶が無い。(後日アルバムを見ると、確かに旧道は登っている。)ただ今回は事前調査でNG判断(藪漕ぎあり、崩落多数)しているので旧道には行かない。
この先はトンネルをいくつも抜けて標高を上げていき、ついに仙岩トンネルに到達。上り勾配のこのトンネルを抜ければピークとなる。那珂的にはトンネル手前で小休止したい気持ちもあったが先行するGokiさんに伝わるわけもなく、そんな期待はさらっと打ち砕かれてトンネルに突入。
*仙岩トンネル出口(569m、14:22-14:29)
無事抜けることができてホッとする。大概の車は対向車が切れるまで待ってから追い越して行くので極端に怖い思いはしないで済んだが、やはり緊張感は免れない。
休んでいると風で汗が急に冷えてくるので、補給食たべてウィンブレ着込んで下り始める。
*道の駅雫石あねっこ(295m、14:39-15:00)
よもぎ大福を購入してエネルギー補給。
さらにR46を下って県道212を左折(209m、15:23)して北上し、最後の上りが始まる。7km近く走ったところで右折して小岩井農場方面に東進する。
この信号待ちの前後に役場の放送が屋外スピーカーから流れてきた。「本日xxx地区に熊が出没したので注意ください」と。どこの地区のことだかわからず、とりあえず国道から離れて交通量が少なくなってきたし、熊が出やすいという夕暮れが近づいてきたので、熊鈴を積極的に鳴らす。後日この日の熊情報を確認してみると「10日午前7時ごろ、雫石町長山早坂の林でキノコ採りの70代男性が熊に襲われて死亡しているのが発見された」旨のニュースが。その長山早坂という地区はまさに右折した交差点を含む一帯のことであった。くわばらくわばら。
*県道219に出たところ(317m、15:55-16:03)
小岩井乳業の工場が見えてから少し先で県道219に突き当たり、補給食で小休止。熊が怖いが、小岩井関係なのか比較的車が通るので少し安心。ここを左折して北上する。
*ピーク地点あたり(381m、16:35-16:37)
だんだん西寄りに外れていく県道219と別れて北上を続けていくと、真正面に岩手山が見え隠れするようになり、県道278とぶつかる手前でピーク近くとなる。ちょうど雲が切れて山頂が見えるようになったので写真タイム。なんだか2日間のランを労ってくれているみたいだ。
*ラストスパート?
県道278を東進してR282を左折する(274m、16:49)と、ゴールまでもう少し。が、ここからGokiさんがまさかのペースアップ。ここまでなんとかギリギリでついてきた那珂はいよいよ苦しい。10m、20m、と離されてきた頃、「道の駅にしね」に到着(278m、17:03)。
今日は終始Gokiさんに引っ張って頂いたおかげ様で、自分のペースで走るより30分位早くゴールできた感触。
さて、自転車から荷物を外そうか、という時、今回デビューしたGokiさんのバッグサポーター補強ステイがシートステイから外れてしまっていた。少し長めのネジだったのに緩んだナットが完全に外れてしまった模様。補強ステイがスポークに巻き込まれれば大きなトラブルになっていたかもしれず、何事もなかったのは幸い。
*移動(復路)
車に自転車を積んで、予定していた「おらほの温泉」へ。昔は結婚式場であったかのようなホールが休憩室(昼間は食堂)となっていた。ここはpH8.4のアルカリ泉で、肌に優しい感じ。風呂から出て食事できるところを探してみると、既に19時近いので閉店時間間近のところが多い。近場の「ふじ亭」一択で、そこに急ぐ。二人とも「かつ鍋そばセット、¥1200」で満足して、20時頃出発。
高速に乗る前に軽油を入れるが、にしねICそばのGSは金額表示が無く、きっと高いに決まっている。そこでひとつ南の滝沢ICに向かうことにして、途中にあるエネオス(¥147/L)で給油。なぜかレシートが出てこないが、まあいいか。
高速に乗ってずいぶん経った頃、自宅へのお土産を買うのをすっかり忘れていたことに気づき、次のSAで買うことに。宮城県に入ってしまったが、長者原SAで休憩がてら購入(22時頃)。それにしても昨日同様にGokiさんが終始話をしてくれて、睡魔を追い払ってくれたのには感謝です。話し込んでいるうちに富谷jctで常磐道に入りそびれてしまったのはご愛嬌ということで。郡山近辺で休憩(0時頃)、水戸IC手前の田野PAで休憩と清算(2時過ぎ)、Gokiさん宅(3時前)、水戸IC前のセブンで30分仮眠(3時半出発)、守谷SAで30分仮眠(4:45頃出発)、自宅には5時半帰着(所要時間9時間半)。
復路はもっと早く帰着できる(2時くらい)イメージであったが、走り終えるのが17時で、疲労を考慮すればこれくらいかかるのはやむを得ないだろうと納得。風邪をひかなければもう少し楽だったかもしれないが、体調管理含め今後の参考にしたい。
参考:
高速代 和光北IC→水戸IC ¥3310
水戸IC→西根IC ¥7000(深夜割引)
滝沢IC→水戸IC ¥6910(深夜割引)
水戸IC→和光北IC ¥2550(深夜割引)
燃料代 那珂宅⇔Gokiさん宅 往復232km ¥1880
Gokiさん宅⇔道の駅にしね 往復961km ¥7770
(燃費18km/L、軽油¥145.5/L)
xx | yy
【Gコメント】
<おわりに>
関連リンク:
1992年 夏の東北(岩手県)ツアー