2017年GW 東北ツアー報告

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蔵王への出発前

by 那珂、浦野、DAZ、宮村 & 野田潤(最終投稿日:9 Feb 2018)

日程:2017/4/30(日)~ 5/7(日)
参加:浦野(計画)、那珂、野田、宮村、DAZ、アコ、野田潤
コース:=酒田→仁賀保→成瀬温泉→一関→気仙沼→石巻→川崎町→上山温泉→米沢市=

 ツーリング記録 参照
Map, Click to Popup <はじめに>(浦野記:2017/6/6)
 毎年Gokiさんが企画してくれるGWツアーだが、2017年は海外出張等仕事が立て込んでいるため企画しないとの連絡があったのが3月21日。同時に「有志で短いランを計画してみては?」との提案もあったのでどうしようかと思案していたところ、同期の野田(兄)から「リハビリを兼ねて計画したい」との連絡があった。それならばと俄然やる気が出て「秋田・青森コース」、「宮城・山形・岩手コース」及び「岐阜・富山・石川コース」をざっくり提案したところ、「宮城・山形・岩手」コースにしようとなった次第。
 那珂氏からは鳥海山を走りたいとの希望も寄せられたため、「鳥海山、平泉、震災遺構、松島、蔵王」あたりをキーワードにコースを練ってみた。この時点で参加表明していた野田(兄)、那珂、浦野の予定を睨みながらコースを練るも「東北は広い」という事を実感するばかりで「5連休だけでは到底無理!」という事に気づいてしまい、浦野も自主的9連休にすることにした。各日の走行距離・獲得標高・冬季閉鎖の開通予定などを勘案・相談しながら、4/30酒田集合・5/7上山(カミノヤマ)温泉解散という基本コースが決まったのが4月2日。宿泊や切符の手配を考えるとちょっと遅かったかという気がしないでもない。案の定、交通手段の手配にてこずる人もいたようだが宿の予約は比較的スムーズに進み、総勢7名のツアー計画がまとまった。


1日目:4/30(日) =酒田→鳥海山ブルーライン(本隊)→象潟→仁賀保 (70km/1333m) 晴れのち曇り
 メンバ:野田、浦野、那珂
 (那珂記:2017/5/14)

*番外編~自宅から酒田駅まで

 前夜21時就寝0時起床、0:30自宅出発(自車)、5:00山形空港近くのコンビニ着(5:40の開門待ち)。さくらんぼ東根駅まで約3km自走(コースミスで実際は約5km)する。途中早朝のさくらんぼ畑がきれい。初めての山形新幹線つばさ171(7:16発)で新庄まで行き、陸羽西線、余目乗り換え、羽越本線で酒田着9:31。車窓からは今日登る鳥海山がきれいに見えた。

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山形空港近くのさくらんぼ | 車窓からの鳥海山

*驚愕の再会@酒田駅~出発

 自転車を組み立てているとやがて浦野が現れ、しばらくして野田が登場。かねてから4月に膝の再手術したばかりと聞いていたのでどんな状況かと思いきや、膝にアイシングのバッグをくくりつけた姿にいきなりびっくり。しかし話を聞けば前日に起きた驚愕の事実が明らかに・・・。彼のツアー初日、後ろから来た車にぶつけられ転倒。車は逃亡し、いわゆるひき逃げ事件である。転倒で手を痛めたが、幸い骨折はしていなかったのでツアー続行することにしたという。詳細は本人のレポートを待ちたい。まさに満身創痍でのツアー幕開け。

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満身創痍(酒田駅にて集合)

 10時過ぎに出発し、県道353で北上する。関東ではとっくに終わった桜の季節がこちらにはまだ残っている。穏やかな陽射しのもと、北東に真っ白な鳥海山を望みながら進む。ただこちらは野田の膝の調子がわからないので何となく恐る恐るという感じ。


*鳥海山ブルーライン

 国道7に出たところで、道の駅「鳥海」の近くのコンビニで休憩&昼食購入。このあとすぐ近くの十六羅漢で野田は膝の大事をとって鳥海山には行かず海岸線を行くことに。鳥海山ブルーラインは那珂の希望でコースに組み入れてもらったもので、毎年GW前に除雪が完了し今年も4/28に全線開通となったばかりだ。ここから浦野と那珂は標高1200mを目指す。時はすでに12時近い。1時間ほど登って路肩に残雪が現れてきたころに休憩。浦野は久しぶりの登りのせいか少々お疲れの様子。もう少し行くと標高585mの表示があり、ここまでで1時間15分。残り半分だから頂上には2時半頃か?でもお腹が空いたので1半過ぎに昼食とする。あまり適当なところがないので雪渓の上に登って、冷たいが雪の上にコンビニ袋をひいて座る。お互いに子供の近況等を報告。
 さらにつづら折れを繰り返していくとやがて日本海が見えてくる。

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雪上昼食 | 日本海

 路肩の雪が背丈ほどの高さになってきた15時頃、ようやく頂上に到着。駐車場の端の展望が開けたところだけはものすごい風だった。レストハウスで休憩後、下り始めるとすぐにこれぞ期待していた雪の壁!が現れた。高さ10mほどもあろうか。しばらくお互いに撮影会とする。駐車スペースはないので車で来るとこうはいかない。

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雪の壁

 さらに下ると意外なほどにあっというまに雪は姿を消し、海岸線まで豪快な下り。でも野田の忠告を思い出しながらスピードは控えめにして快適に下る。


*象潟の九十九島~宿

 国道7号に出て少し北上すると道の駅「象潟」。ここで建物の6階にある展望室から九十九島の景色を眺望する(?)。島と言っても海ではない。陸側の景色である。最初は分からなかったが説明を見てから景色を見ると、なるほどそういうことか。詳しくは下記写真を。

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九十九島の説明1 | 九十九島の説明2

 仁賀保の宿までの10kmちょっとは、追い風に乗って割と早く着き(17時半?)、先に宿に着いていた野田と再会。ビジネスホテルなので夕食は居酒屋にて。旨い秋田の酒を味わいつつ、ツアーの無事を祈って初日を締めくくる。
 宿泊:ホテルキクスイ

 >>>野田の合流までは野田レポート参照
【浦野コメント】今回のツアーでは栗駒峠、蔵王でも雪壁を経験したが、鳥海山秋田県側の雪壁が圧巻。苦労して登った甲斐がありました。


2日目:5/1(月) 仁賀保→(R7、県43、R107、県13、県57、R342)→成瀬温泉 (84km/765m) 晴れのちうす曇り、追い風
 メンバ:野田、浦野、那珂
 (那珂記:2017/5/14)

*出発(8:10)~日本海とお別れ

 朝、野田はホテルで氷をもらう。そう、膝を冷やすために。今回彼のサイドバッグは左側のみであるが、ここには氷を持ち運ぶための保冷バッグが入っているのだ。1日に何回か休憩時にここから新しい氷を取り出して膝のバッグに補給する。後でわかったことだが、他に仕事用のノートPCも入っていて、昨年より荷物を軽量化したとはいうものの結構重い。
 さてTDKの工場があちこちにある街仁賀保を後にして海岸線沿いに4kmほど北上。ここで日本海に別れを告げ、県道43号で内陸へと向かう。途中、右手に風力発電の風車がいくつも並び、ゆったりと回っていて、その風は我々の背中を力強く押してくれる。同じく右手には鳥海山の姿。昨日とは反対の北側から見る格好だ。

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風力発電 | 鳥海山(北側)

*地元のお兄さんお勧めコース

 国道107号に出たところでコンビニ休憩。ここからは国道だが例によって野田ナビで並行するわき道を選びながら進む。銀河トンネルをかわしてしばらくしたところで再度わき道の地図を確認していると、路地から出てきた車のお兄さんが、この路地を行くとすぐ滝があるし、もっと先に行けば桜や鯉のぼりが見られるので、国道よりこの道がいいですよ、と教えてくれた。
 行ってみるとなるほど言われなければ見過ごしてしまいそうな滝があった。脇の説明には「六郷(本荘)・生駒(矢島)藩領界滝」とあるので、境界の目印であったようだ。
 更に進むと川べりに満開の桜並木が現れ、川の上には鯉のぼりがたくさん泳いでいる。関東では週末の天気と満開がうまくかみ合わず今年はあまり桜を楽しめずにいたので、この桜との出会いはとてもウレシイ。このあたり、地図で見るとたぶん“宿”のようだ。

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藩領界滝
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桜の下で | 鯉のぼり

*昼食~再び鳥海山

 昼食は道の駅「東由利」を予定したが、手前に小さなラーメン屋があったのでこちらに入る。ただ、私が注文したラーメンと餃子はちょっと残念なレベルであった。食べ物に文句を言っては罰が当たるので、そんな気持ちも一緒に腹に収める(次の日には喋ってしまったが)。野田はここでも氷をもらって、道の駅で膝に氷を補給。午後も引き続き追い風に恵まれるが、何だか冷たい風で着るものの調整に迷う。やがて雄物川(“おぶつ”ではなく“おもの”)を渡り、県道13号に入って南東方向へ。ここからも右手には鳥海山が見える。ちょうど防雪柵の枠が額縁のように景色を切り取ってくれる。ここから見る鳥海山は北東側から臨む位置関係だが、その姿は左右対称で富士山のようにきれいだ。

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鳥海山

*思いがけず桜の名所へ

 県道57号で再び東へと進路を変え、国道13号やJR奥羽本線を横切る。このあたりの十文字駅で休憩。ここから先の基本ルートは国道342号であったが、途中の真人(まと)公園までは農道のような裏道を使う。後で調べたところ真人公園は全国桜の名所100選のひとつ。行ってみると満開は過ぎているが、池に花弁が敷き詰められた風情がスバラシイ。しばらく園内を散策すると、ここからも鳥海山が見える。桜まつりの屋台も出ているのに、世間は平日のせいか人はほとんどいない。

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真人公園 | 真人公園からの鳥海山

 明日は山に入るので昼食が心配されたので最後のコンビニで食料購入を考えたが、野田が電話確認してくれて明日の昼食は現地で可能と判明し、非常食と今晩の酒「飛良泉」を買って宿に入った(15:45)。
 宿泊:東仙歩(とうせんぼ)


 >>>野田レポートも参照
【浦野コメント】計画時は消化コースと考えていたが、川にかかる鯉のぼりや真人公園の桜など、思いがけず楽しめました。


3日目:5/2(火) 成瀬温泉→須川高原→一関(ずっとR342) (81km/1215m) 晴れ
 メンバ:野田、浦野、那珂、(合流)野田潤
 (浦野記:2017/5/15)

 この日は秋田県成瀬温泉から岩手県一関までの山越えコースで県境までの標高差は約880mだ。冬季閉鎖されていた国道342号線がGW前に開通したことは確認済みだが、当面は夜間通行止めとのこと。ゲートが開くのは午前9時だがどの辺りにゲートがあるのがはっきりしない。野田曰く「ゲートは一番標高の高い人里よりも上にあるはず」。なるほど。大体の目星をつけ、9時までにゲートに到着できるよう7時半前には宿を出発した。気温は9℃でやや肌寒い。8時半にはゲートに到着したが監視のおじさんが居て通り抜けは不可。
 時々工事関係車両が通過して行く中、30分余り待つ羽目に陥った。9時にゲートが開き、待機していた車列に続いて自分達も通過した。

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ゲート | 通過

 徐々に道路脇の雪壁が高くなっていく中、休憩を挟みながら11:20頃に県境の須川温泉に到着。峠からは2日前に那珂と上った鳥海山がきれいに見えた。

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登り(野田) | 雪の壁(浦野)
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須川温泉 | 須川温泉(那珂)

 前日にも思ったことだが東側から見る鳥海山は、写真に撮って「富士山」と言って人に見せればそのまま納得してもらえそうなほど均整がとれた姿だった。峠には見た目にも鮮やかな緑色の須川高原温泉(強酸性)が湧いており、露天風呂があることは那珂がHPでチェック済みだ。早速少し熱めの温泉を楽しむこととした。

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須川温泉からの鳥海山 | 須川温泉の露天風呂

 入浴後、栗駒山荘のレストランでゆっくりと昼食をいただき13:10に下り始めた。天気もよく豪快なダウンヒルを満喫し、麓の真湯温泉センター交流館で後続を待つ。すぐに到着した那珂と一緒にベンチに腰掛け日向ぼっこしていると眠ってしまいそうなほど気持ちいい。
 野田を待つこと10分余・・・。14時頃、那珂の携帯が鳴った。何やら嫌な予感・・・。「転倒した・・・。パンクした・・・。骨折したかもしれない・・・。」野田の言葉を那珂が復唱するのを聞きながら、「またやったか・・・。」と思ってしまう自分であった。でも、少なくとも自力で電話できる状況であることは判った。こちらは豪快に下ってきたところで休んでいる。野田のいる場所がどの辺りか判らないが、とにかく現場まで戻るしかあるまいということになり那珂と2人で引き返す。幸い、1kmほどで転倒現場に到着。下りの最後の右ヘアピンカーブではあったが、砂が浮いているわけでもない。

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野田転倒現場(右ヘアピンカーブ) | 転倒した野田

 本人曰く「カーブの入り口で前輪がパンクした」とのこと。その状況では転倒は免れない。頭も強打したらしいがヘルメットを被っていたおかげで頭は無事だったようだ(ヘルメットはご臨終。ヘルメット様々だ)。右肩と右くるぶしに擦り傷を負っているが、それよりも心配なのは右腕が上がらないこと。右鎖骨を骨折しているかもしれない。この時点で救急車を呼ぶか迷ったが、本人曰く「自転車には乗れそう」。ならば、まずは1km先の温泉センターまで下って対策を考えようということになり、那珂がチューブ交換を始める。パンクしたチューブには爪楊枝が楽に入るほどの穴が内側に1つ開いていた。リムバンド断裂によるスポーク刺さりが疑われたがリムバンドには異常がなく、原因はわからず仕舞いだ。温泉センターまで恐る恐る下って対策を協議する。いずれにしてもレントゲン検査は必要なので、那珂がタブレットで一関市内の整形外科を検索する。適当な医院を見つけ電話すると幸い夕方まで診察しているとのこと(平日で良かった)。だが一関まではまだ30kmある。下り基調とはいえこの状態で30kmを自走できるか定かではなかったが、「何とかなりそう」との本人の弁を受け自走することに決定。予定していた厳美渓散策は当然パス。16時過ぎに一関市内の整形外科に到着し、直ちにレントゲン検査を受ける。本人が診察室に呼ばれ、待つこと数分・・・。ドア越しに顔を出した野田が「骨折」と一言。この時点で野田の3年連続リタイアが確定した。
 そうと決まればやるべきことは多い。野田の意向で今夜は予定通り宿泊し翌日の新幹線で帰ることになったので、浦野はスマホで翌日以後の宿泊キャンセルの手配、那珂はタブレットで自転車を送れる宅配センターの検索と、それぞれ仕事を分担した。駅前の東横インにチェックイン後、18:10に到着予定の潤子氏を駅まで迎えに行く。夕食は駅前のホルモン焼き店で潤子氏の歓迎会兼野田のお別れ会となった。食後、野田兄妹はホテルへ直行したが少し食べ足りなさそうな那珂と二人で博多ラーメンを食し、コンビニで買い物してからホテルへ戻った。
 宿泊:東横INN一ノ関駅前


 >>>野田レポートも参照
【那珂コメント】・夢見心地の日向ぼっこは携帯の呼び出し音で一気に緊張の現実世界に。でも電話の声は落ち着いている様子だったので少し安心。・一関にはあのビッグバンドジャズの大御所、カウントベイシーも訪れたというジャズ喫茶がある。それは野田が検査した病院のすぐそばであった。またいつか来よう。・一関にはあの「ごま擦り団子」で有名(?)な松栄堂総本店がある。これもその病院の近くであった。明朝買っていこう。


4日目:5/3(水) 一関→平泉→気仙沼 (8+68km/742m) 晴れ
 メンバ:浦野、那珂、野田潤、(合流)アコ、ダズ、宮村、(離脱)野田
 (平泉まで、浦野記:2018/1/16)

 ビジネスホテルの狭いロビーで各自慌ただしい朝食を済ませ、那珂と共に野田(兄)の輪行をちょこっと手伝う。
 野田(兄)は荷物をホテルに置いたままダズ夫婦と合流予定の平泉まで鉄道で行き、チェックアウト時刻までにホテルに戻ってきてから帰宅するとのこと。骨折の身でご苦労なこっちゃ、と感心するやらあきれるやら。
 合流地点の平泉駅までは起伏もなく約8kmなので30分強を見込めば十分。野田(兄)に見送られて8時30分頃、3人で出発。まずは、松栄堂総本店に立ち寄り、今日のおやつにごま摺り団子を購入。交通量の多い4号バイパスは避けて県道を選択する。途中、線路と並行する区間があり列車に乗ったダズ夫婦あるいは野田(兄)が3人に手を振るといったドラマチックな展開があるかも、とひそかに期待したがタイミング合わず。9時15分に平泉駅に到着すると、ダズ/アコ夫婦と野田(兄)は既に到着しており、事の顛末を説明しているところだった。駅前はこの日に行われる藤原祭りの音楽やお知らせ、関係者で騒然としていた。
 (平泉から、DAZ記:2018/1/8)

 出発前日の5月2日夜、那珂さんからのメールにて「残念ながら野田さんがリタイア、一関から帰ることになった、命に別状なくて良かった」という驚きの一報を受け取っていた。詳細は本人から伝えてもらう、とされていて、何が有ったのか分からず気懸りな出発となった。上野発6:10の東北新幹線にて一関に8:36着、そこから平泉までは在来線でおよそ7分。GWのためか臨時便が出ていて、当初予定より早く平泉駅に到着、本隊はまだ到着していなかった。駅前で自転車を組み立てていると、そこに満身創痍の野田さんが登場。一関の宿に自転車を置いて、JRで我々に会いにきてくださったとのこと。アコは1年ぶり、ダズは昨年入れ違いとなっていたので2年ぶり。久しぶりの再会を喜びつつ、今回のツアー中2度の受難についてお話を聞いた。表情はいつもの元気な野田さんで明るくお話してくださったのが救いだが、ここでお別れとは大変残念。本隊も到着して駅をバックに皆で写真を撮ったあと、野田さんはJRで一関へ戻り帰路についた。来年こそは、体調を万全に整えて、またぜひ一緒に走りましょう・・・!

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平泉駅で集合

 さてここからは平泉観光。まずは中尊寺だが、その前に、「藤原祭り 源義経公東下り行列」が10時に中尊寺前から出発するというので、これを見てからということにした。10時ちょっと過ぎに、ゆるーく出発したが、馬がなかなかいうことを聴かなかったり、交通の関係で先が詰まって立ち止ってしまったり、ちょっと締まらない出発風景だった。源義経の役でナントカ流星とかいうイケメン俳優が登場すると思って見ていたが、出番はまだ後だったみたい。
 さて中尊寺見学、月見坂という小道を徒歩で登っていくと両側にいろいろな御堂があるが、まずは奥の金色堂へ向かう。頑丈な覆堂の中で、さらにガラス張りのケースの中に納まっている金色堂は、想像していたよりずいぶん小さかったが、それなりに豪華で見ごたえはあった。藤原四代の遺体が納められている、ということだがそれは見られない(当然かも知れないが)ので、余り実感がわかない。この後、讃衡蔵(宝物殿)と本堂を見学、皆さんからこれまでの行程の話や近況などを話しながら楽しく散策した。

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東下り行列 | 金色堂旧覆堂の内部

 次は毛越寺見学だが、ここには大勢の観光客が来ていて参道の両脇や庭園前のスペースなど到るところに座り込んでいたり、テレビの取材班なども来ている。先ほど出発を見送った「源義経公東下り行列」がこのあとやってきて、庭園の池に浮かべた船に乗ったりして、いろいろ演技やパフォーマンスをするらしく、それを見るために来ているらしい。というわけで我々は、毛越寺の見どころであるはずの庭園はほとんどチラ見状態でスルーし、本堂にさっさとお参りして宝物殿を見学して、ここは終了。
 さてもう12時半のため、お昼を取るべくお店を探すが、観光地周辺には意外と食堂的なものが無く、平泉駅周辺に戻ってわんこそばの店「芭蕉館」に入る。各自そば関連の食事を取りつつ、この後の行程について相談。当初計画では県道206東岳峠から猊鼻渓を経由して千厩から気仙沼、というルートだったが、時間と体力を考慮して、北上川沿いに気仙沼海道を通って川崎からR284、という最短ルートに変更とした。

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毛越寺 | 芭蕉館で昼食

 1時半に芭蕉館を出発。GWとしては暑いくらいの晴天の下、平坦なルートをひた走る。2時過ぎ、菜の花がきれいなポイントで小休止、しばし撮影会。そして国道に出る手前の北上大橋付近で、北上川の眺めを写真に撮ろうと良いポイントを探したのが2度目の小休止。
 あとは国道をひたすら走ったようで、16時半ころコンビニ休憩をしたことが那珂さんの写真によって記録されているが、ほとんど記憶が残っていない。気仙沼市内に入って、駅などはちょっと立ち寄りたい気もしたが、宿がここから二駅先の松岩駅の近く、ということなのでまだまだ先に進む。国道バイパス沿いにあるという宿へのアクセスが分かりにくそうだったので、南気仙沼あたりからは浦野さんのグーグルマップを頼りに先導してもらい、最後はダートの上り坂になったが宿の裏手に辿り着き、5時40分なんとか明るいうちに本日の宿「ホテルルートイン気仙沼」に無事到着。

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菜の花 | 北上川
 宿泊:ホテルルートイン気仙沼
 筆者はサイクリングの旅でビジネスホテルに宿泊するのは初めてだったので、真新しくきれいなこのホテルのロビーに自転車のバッグを抱えて入るのは少し気が引けるような気がしたが、ドトールのコーヒーサーバーが無料で使えたり、いろいろ設備は整っているので意外と快適だった。チェックインの手続きをしていると、先に到着していた宮村さんも合流して、再会を喜びつつ本日のランについて聞かせてもらった。宮村さんはJRで気仙沼まで着てから陸前高田への往復ランをしてきたとのこと。
 ロビーでコーヒーを飲んでまったりしてから、食事の前に入浴を済ませ、19時から夕食。ビジネスホテルらしいバイキングのスタイルも新鮮に感じつつ、この日のランを締めくくった。

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ホテルでの夕食

 >>>宮村の合流までは宮村レポート参照
【野田コメント(メールより)】皆さん、今回も無念のリタイアで、傷心の中、無事帰宅しました。浦野さん、那珂さん、病院まで付き添って頂きありがとうございました。昨日のランはいかがでしたか。平泉はどうでしたか。気仙沼には何時に着きましたか?げいび渓はどうでしたか。那珂さん、できればですが、毎日のランコメントを簡単にメールしてもらえないでしょうか?宮村さんにも、怪我しないように、とお伝えください。
【浦野コメント】平泉で偶然、藤原祭り源義経公東下り行列(コウアズマクダリギョウレツ)に遭遇。半日以上平泉に滞在したため、午後は爆走。浦野ナビによるホテルアクセスは?でしたね。
【那珂コメント】中尊寺は3年目のツアー後に中田と東北を走った時以来。並木道を歩きながら一瞬当時にタイムスリップする。覆堂はたぶん一つ前のものだったのだろう。このあと時間が押してしまい気仙沼駅に寄れなかったのが残念。


5日目:5/4(木) 気仙沼→志津川→神割崎→石巻  (89km/879m) 晴れ
 メンバ:浦野、那珂、野田潤、アコ、ダズ、宮村
 (DAZ記:2017/5/28)

 朝食前に気仙沼魚市場を見学しようと、5:30にホテル前に集合。今日も晴天で既に日差しが暖かい。浦野さん、那珂さん、アコ、ダズの4人で出発。ホテル前のR45バイパスを間違えて南に下ってしまい遠回りになった。気仙沼大橋で大川を渡ると復興工事中のエリアとなり、更地の中を縫うように工事用道路が走り、所々に真新しい鉄筋コンクリートの団地が立っている。気仙沼魚市場には2階に長さ354mもの見学デッキが設けられており、早朝から水揚げや入札で活気づく魚市場の雰囲気を真上から見学できるとのこと。今日は連休中のため残念ながら魚市場はお休みだったが、デッキに上がって港周囲を見渡すことが出来た。大津波被害の痕跡は、所々に見られる浸水水位を示す表示板だけだが、港の向かいにある高台などを見ていると、当時ニュースで見た映像とリンクしてくるような気がする。近くにあるはずの復興屋台村気仙沼横丁も見ていきたかったが、時間が早すぎるせいか、見つけられず。

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気仙沼魚市場 | 工事中の更地

 ホテルに戻って6:30、朝食。昨日の夕食時よりずっと混んでいて驚いた。ビジネスホテルのバイキング形式の朝食をとって、8:10頃出発。

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出発

 今日の行程については、東日本大震災の遺構にも立ち寄れるよう調べておくように、と昨晩浦野さんから指示があり、「ホテルのWiFiも使えるよ!」と宮村さんからもダメ押しがあったので、昨晩夕食のあと色々調べた結果、まずはホテルから5kmほど南にある気仙沼向洋高校と岩井崎に向かうことにした。ホテル出発して3分くらいで、R45バイパスの下り坂でアコがパンク。サクッと修理して再スタート。R45を南下し、少し坂を上った所に陸前階上駅(りくぜんはしかみえき)がある。ここから東へ岩井崎への小道に入ると、民家地帯の端にお寺が有り、すぐ先には更地の中に被災した向洋高校の校舎が当時の姿で残されていた。

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向洋高校の校舎

 4階建ての校舎の3階部分までは津波の力でひどく破壊されているのが遠くからでも一目で分かるが、後から調べたところ4階部分も浸水したそうである。なお震災当日、学校にいた生徒約170人と教職員は、全員助かったとのこと。このときの記録は、ネット上にたくさんの情報があるが、公式記録として、https://www.pref.miyagi.jp/uploaded/attachment/12380.pdf、などを参照頂くと良いと思います。(ツアーに行く前に読んでおけば良かったと思ったが、事後でも、当時の状況を想像する上で、実際にその場所を見たことが役立つと思います)
 僕の正直な実感としては、陸前階上駅まで少し坂を登ってからここに着いていたことで、この高校の立つ場所も少し高台に思えていたので、ここまで津波が猛烈な破壊力を保ったまま到達したことに大変驚き、自分は津波のことを全く知らないということを知った。
 その後、岩井崎に下りて、潮吹き岩、秀ノ山像(幕末の横綱)、龍の松(津波で損傷して残った形が龍に見える)を見学。今日は青空で海も穏やか、明るい気分を取り戻す。

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潮吹き岩 | 龍の松

 9:20岩井崎を出発、次は4kmほど先の大谷海岸道の駅でストップ。ここはふかひれソフトがあるとの情報で立ち寄ったのだが、ソフト販売は10時から開始で、まだ20分ほどあるので、店内で買ったイチゴで小休憩。アワビおにぎりやウニおにぎりが150円とか、魅力的だったが、さすがにまだお腹が減らないので断念。他にもヒラメやアイナメ、ホタテ、ホヤなど大きくて安い、塩味がする野菜「アイスプラント」っていうのもあった。
 気仙沼のホテルにおいてあった宮城ガイドブックを那珂さんが持ってきてくれていて、これを見て次の立ち寄りポイントは17~18kmほど先の歌津地区にある「伊里前福幸商店街」にして、10時頃出発。
 泊崎半島の付け根をひと上りして海岸沿いの歌津地区に下ると、左手に「伊里前福幸商店街」の小看板があるのでそちらに曲がり、国道より一段下がったところへ入っていく。プレハブの商店が10件くらい並んでいるが、みな閉まっているようだった。今日はお休みなのかな、と思っていたら、一軒だけ開いていた「アスリートヤマウチ」の中からおじさんが出てきて、商店街はすぐ近くに移転したとのこと。このスポーツ用品店だけはまだ移転が完了していないとのことだった。残念そうな我々に気を使ってか、おじさんは色々なお話をしてくれた。目の前に広がる海岸には、元々は歌津大橋が掛かっていたけど津波で失われたこと(そう言われて海岸の端を見ると、山から来ている道路がぷっつりと途切れていた)、新しい橋や道路、防潮堤の工事の話から始まり、南三陸で採れる各季節の海産物の話、それから南三陸町の商店会や青年部で企画したアワビ祭りやワカメ祭り、シラウオ祭りのいろんなイベントでの成功・失敗談を面白くお話してくれて、すごく面白かったのだけど、予想以上に長い話になって、まず浦野さんが脱落、少し離れたところで居眠りを始め、やがて宮村さんもフェイドアウトして行き、那珂さんは少し離れて写真を撮ったりして、残った三人で一生懸命お話を聞いたが中々途切れず、ようやく那珂さんがそろそろ出発しようと上手く切り上げてくれたときには40分くらい経過していた。

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伊里前福幸商店街おじさんの話

 11:45出発、すぐ先の右手に、移転した先の「伊里前福幸商店街」らしき賑わいが見えたが、だいぶ時間を使ったので立ち寄らず、10kmほど先の志津川地区にある「南三陸さんさん商店街」での昼食を目指して先へ進む。近づくにつれやけに車が多くなってきて、数キロ手前から完全な渋滞になった。これはもしかして「さんさん商店街」に向かう車の列なんだろうか・・と不安に思いつつも、自転車の我々はどんどん進む。果たして渋滞の列は商店街の駐車場待ちの列だった。とりあえず行って見て、混雑で食事できないようだったら先へ進もうか、ということになったが、商店街の中は賑わっているけどすごく待たないと食事できない、という感じでもなかったので、ここで昼休憩とした。商店街の中をざっとチェックして、おさしみ盛り+ごはんとお汁のセットや海鮮丼などをめいめいテイクアウトして、オープンスペースのテーブルで頂く。ここはたくさん人が来ているけど、いやな混雑ではなく、明るく盛り上がっていて嬉しくなる感じ。食事のあともソフトやおやつを買ったりして楽しむ。1時半ころから、トレーラーで作った仮設ステージにてAKB48(のうちの6人)のライブが始まり、更に盛り上がっていた。渋滞の原因の一つはこれかもしれない。ちなみに5月2日には安倍総理大臣と復興担当大臣が来ていったらしく、その写真も飾ってあった。

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さんさん商店街の賑わい

 このあと陸前戸倉まで南下し、R398に入って更に海岸線を進む。R45よりは交通量が減って走りやすくなるが、アップダウンの連続でだいぶ消耗した。2時半、神割崎にて小休止。ここは海に突き出た大岩が海食で二つに割れ、その間から荒波が打ち寄せるという観光名所で、年に2回だけ岩の間から登る朝日が見られるという写真撮影スポットでもある。

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神割崎

 ここから5kmほど先の相川集落に、2016年版ツーリングマップには「相川小学校」「平成の大津波では生徒全員が助かった!」との記載があるので立ち寄ってみましょうと皆さんをお誘いしたものの、トンネルを通過するか旧道で相川集落まで登るか迷ったが、浦野さんが先導し旧道で1kmほど川の上流にある相川集落まで登ってみた。が、結局国道に戻るまで小学校は見つからず、あれ?っという感じでここは通過。(後から調べたところ、相川小学校は海岸から220mの位置でほぼR398に面しており、津波により3階建ての校舎は完全水没、体育館は流失したが、生徒全員は裏山に避難し無事だった。2013年3月に3校統合により廃校となり校舎も撤去されたが跡地に記念碑があるようである)ここから先、道路は部分的に新しくなって、暫定的なつなぎ方になっているためか、ものすごい急坂が有ったりしてバテてくる。やがて道路は海岸沿いから北上川河口部に入り、堤防上の道となって厳しいアップダウンからは解放された。そして新北上大橋を渡ると、今日最後の重要個所、大川小学校跡である(15:55着)。
 大川小学校では、津波により児童74名と教師10名が犠牲になった。小学校の校舎は被災した痛ましい姿で残されており、慰霊の祭壇には児童および周辺地域にて犠牲になった方々の氏名が刻まれている。我々のようにここを訪れる人々に対して静かに説明している方もいらしたので関係者の方であろう。大川小学校の被災については、被害が甚大で訴訟もあり、報道・書籍・ネット上に様々な情報がある。公式なものとして、大川小学校事故検証報告書(全261ページ)が宮城県のHPにて、同 概要版(全19ページ)が文部科学省のHPにてダウンロードできるが、その他様々な視点での報道があって、一部だけを見て軽々に論じてはいけないように思う。ただ事実として、過去一度も津波到達の記録が無い場所での被害だったということはここに書いておいても良いかと思う。ぜひ各自で、できるだけ多くの情報を参照したうえで、それぞれご考察願います。ここでは、犠牲になった方々のご冥福をお祈りするばかりです。

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大川小学校

 16:30大川小学校を後にする。ここから県道30号で12kmほど、ずっと向かい風でバテる。県道33号に入って石巻中心に向かって南下、途中一回小休止を挟む。いつも元気な浦野さんも疲れたーとのコメント。石巻駅から600mほどの所にある本日の宿、「石巻アパートメントホテル」には18時少し前に到着。
 宿泊:石巻アパートメントホテル

 この「ホテル」は外見上2階建てアパートそのもので、2013年4月にオープンし復興工事関係者を主な対象とした宿泊施設として使用されているが、将来的にはアパートになるようだ。各戸に個別の玄関があって、中は3Kの間取り、浴室・洗面所・トイレ・洗濯機・冷蔵庫などが備えられている。サイクリングの宿っぽくはないが、真新しくて快適な空間ではある。本日は部活の合宿で女子高生の集団が泊まっているとのことなので、我々の夕食は遅めの7:30に設定して、2戸に分かれて休憩・お風呂等でそれぞれ過ごす。ちなみにこの宿は1戸3名が原則で、6名分しか予約できなかったため、当初予定では全7名のうち一人だけが2kmほど離れた別のホテルに宿泊することになっていた。野田さん離脱によりこの1名分が不要となったため、浦野さんがそのホテルまで走ってキャンセルの手続きをしてきてくれた。夕食は別棟の食堂で、くじらステーキとかトンカツ等の5種類くらいの定食から選ぶ方式で、那珂さんとダズは宮城の日本酒も味わったのち、9時すぎには各部屋に解散・就寝。

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夕食

【浦野コメント】海岸沿いのアップダウンに閉口しましたが、ダズの綿密な調査のお蔭で有意義な日になりました。石巻手前での小休止は浦野の提案。実は本人がハンガーノックだったのです。
【那珂コメント】いよいよあちこちで震災を生で感じるエリアに入ってきた。ひとつひとつ心に刻んでいこう。さんさん商店街の賑わいにはびっくり。GW以外でもこんな風なら良いけれど、どうなのかなあ。
【宮村コメント】海岸沿いのコースで下った平地には必ず津波の高さを示す記録標示があり、「津波がこんな内陸まで達したのか」を実感するランだった。


6日目:5/5(金) 石巻→松島→仙台北環状線→川崎町  (85km/812m) 晴れ
 メンバ:浦野、那珂、野田潤、アコ、ダズ、宮村
 (宮村記:2017/9/3)

*出発~松島;Reborn

 6:30から朝食タイム。ここのお薦めは烏骨鶏とニワトリを掛け合わせた鶏の卵。殻の色に青みがあり見た目とっつき難いが、生卵・温泉卵・目玉焼きが用意されており、食すると濃厚で美味だった。あわせる白飯も粒が立ち、ツヤツヤ・フカフカしてほのかに甘味があり秀逸だった。今日も頑張ろうという気になる朝食だった。

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出発

 8:18出発。旧北上川の下流から石巻湾西端の鳴瀬川河口へ南西に通じる北上運河に向かい走りはじめ、運河沿いを進んだり、離れて南下したりしているうちに、家屋が疎らになり工事現場が増え、石巻港界隈に入った。そこを松島方面(西方)に折れ、県道247号線に入り、北上運河と石巻港にそそぐ定川(ジョウガワ)両方を越え東松島市大曲区域に入った。そこには褐色の草々ばかりの漠々とした空き地に道だけが通じていた。海側の大規模護岸工事は着実に進んでいるが、空き地がどのように変化していくのだろうと思いを巡らしつつ走った。しばらくした神殿稲荷神社あたりから地図では北上運河沿いに自転車道がありそうだったので探してみた。しかし、分からなかった。ダズたちはここで、たくさんの青い鯉のぼりが泳ぐ広場をみつけた。後で調べると毎年5月5日に子鯉(青い鯉)を空に掲げ大震災に遭った子らを追悼しているとのこと。祈りの子鯉は増え、今年1792匹を数えた。この「青い鯉のぼりプロジェクト」について、下のダズくんコメントで知りました。

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道だけが走る | 青い鯉のぼり

 県道247号線にもどり、航空自衛隊松島基地につきあたり北上し、西方に曲がる角のファミリーマートで9:17から10分ほど休憩。さらに西進し、鳴瀬川を渡った。後にネットでみると、大震災前は石巻市新橋から松島手前の松島町高城まで、北上運河(旧北上川下流-鳴瀬川)と東名運河(鳴瀬川-松島湾東岸)に沿って、「奥松原自転車道」が通じていたとのこと。那珂、浦野、ダズの3人はその跡や再建場所をたどりながら走っていたのですね。宮村はそれを知らず、いろいろ思いにふけりつつ走っていただけでした。
 鳴瀬川を渡った後もかつての奥松原自転車道はなく、東名運河沿いに復興中の奥松原パールラインを走った。工事中の運河と残った松並木を左に眺めながらの通過だった。途中からパールラインは東名運河からはなれアップダウンを繰り返す地形に入り一路松島へ。下り降りる浜ごとに、山積みされたカキ養殖用のホタテ貝殻が目立つようになり、何だか人の気配とか生活感が強まるように感じられた。陸前大塚駅を過ぎ一回アップダウンしたところの海側に菜の花畑を見渡せる広場があった。そこで10:05から約10分休憩。菜の花畑の中にたたずみ写真に盛り上がる面々。畑の海側がJR仙石線でそのすぐ横に高い防波堤があり海が見えないのが少し残念だが、平穏であった。10:35松島観光船五大堂営業所前の駐車場着。松島は4年ほど前に出張の合間訪れたが、まだ重い雰囲気が残っていた。だが今回は観光客でにぎわいとても活気があった。

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菜の花畑

*松島観光;遊覧船、豪華昼飯、五大堂

 本日の目玉、松島観光。まずは五大堂営業所10:55発の松島湾遊覧に興じた。1500円で約40分。後で写真から判断すると乗船した船は「マリンブルー」だったはず。椅子席40席、立席60席の中型遊覧船。ここからは那珂くん動画ガイドに合わせて内容説明。右手に亀島、次に低い長い島;鯨島(2つ合わせて双子島と呼ぶ)。振り向くと左手に経ヶ島。少し進み、右手に椀を伏せたような島;布袋島、次に角張った大きな島;大黒島、その間の奥に見える島;恵比寿島、左手に細長い島;毘沙門島。このあたりは鯛がよくとれたので、七福神にちなんで名前が付けられたとのこと。また、少し進み、左手にまず伊勢島、すぐ次に小町島。松島湾でも特に女性的で可憐なこの二島を過ぎると、右手に馬の鞍掛島、重なった奥が化粧島。次に松が茂る大きい島;在城島、すぐ先に崩れ落ちそうなかたちの岩島;鎧島。この周辺は戦道具やお城に因んだ名前の島が点在している。ここから塩竃港を遠く右前にみて、今までより長く進むと右手に、岩だけのドウラン島、次に松の木が茂る島;モンド島。モンド島の奥に見える端が垂直な崖の島;材木島。地層の横縞が材木を積んだように見えるため名づけられた。かつて島には洞門があったが、昭和45年に上部が崩れ落ち今のかたちになった。次に火附島。昔は祭事に使ったあとの道具をここで焼いた。左手を向くと四つの洞門をもつ横長の島;鐘(金)島。洞門に打ち寄せる波音が鐘の音に聞こえる。続けて左手に小藻根島(この南端に洞門;長命穴があったが、東日本大震災によって崩壊したと後に知った)と大藻根島を眺め、有名な仁王島に到着。仁王様が葉巻をくわえて座っているように見える。てっぺんに海鵜が一羽くつろいでいた。ここを回り帰路につくと、右手に大きな島;桂島、左手に白く美しい断崖の大藻根島。また右手を向くと桂島の先に蓬莱島。次の左手の小さい島が駒ひき島、大きい島が駒(狛)島。駒島北端の岩の形が狛犬様に似る。ここから遊覧船が速度を上げ始めると、右手遠くに野々島、寒風沢島(さぶさわじま)、朴島(ほうじま)など浦戸諸島と言われる大小合わせて90あまりの島々を見渡せた。なぜだかこの島々は松島町ではなくて塩竃市の一部と繰り返し説明されていた? カキ養殖のイカダを眺めつつ松島港に近づき、右手に千貫島。 最後右手に東屋(あずまや)が見える大きな島;福浦島。11:35下船。 >>>本文とは別に地図や島々の写真ページを用意しました。
 11:45から港そばのお食事処「櫻井」で昼食。松島定食でカキフライ、ホタテ焼き、つぼ焼き・・・堪能、貝焼セット定食で焼きカキ、ホタテ焼き・・・堪能などなど。食後、瑞厳寺五大堂へ散歩。お堂へは、隙間があり下に海面が見える「すかし橋」を渡るが、この高さと隙間なら高所恐怖症の宮村でも全く大丈夫。伊達政宗が造営したお堂の周辺の欄間部分には、十二支の干支が名工によって彫られている。正面には午、その左側に未。旅の安全と順調なる復興を祈った。

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松島の遊覧船 | すかし橋 | 瑞厳寺五大堂

*松島~川崎町の宿;激坂の北環状線、前遠方に蔵王

 13:00松島発。松島海岸駅から仙台方面に向かう仙石線をくぐると県道144号は長い登り坂、頂上あたりで若干休憩。三陸自動車道をくぐり左折、県道8号(利府バイパス)を交通量ある中じっと我慢して走行。仙台市中心に入るとさらに交通量が増しそうなので、13:56洞ノ口交差点を右に折れ県道35号へ。そこから歩道を走る中学生?マウンテンバイクと並走。彼はペダリングを緩めることなく、追い越されるが信号ストップのたびに追い抜くパターンで「運転免許センター」あたりまでいっしょだったので4kmほど頑張っていたはず。我々は七北田川を渡り、八乙女から 県道37号仙台北環状線に入る。
 ここからずっと登り坂が続く、それもけっこうな激坂。14:40加茂2丁目コンビニサンクスで休憩、14:50発。激坂は延々と続き15:08南中山1丁目北の交差点で右手の大観密寺仙台大観音を拝みつつ通りすぎても、相変わらず急勾配だった。イオンショッピングセンター仙台山中をすぎるとやっと勾配がややゆるくなり、その先の南吉成交差点あたりから下りに入りほっとした。「権現森丘陵」というらしいがイオン峠と名付けたいと思った。県道35、37号は、交通量が多く路肩と溝のふたに若干の段差があり神経を使う走行だったので疲れが増したのかもしれない。助かったのは宮城・仙台ナンバーに、対向車が多いと強引に自転車を追い越さない気配りドライバーが多かったこと。 37号を下り折立交差点から県道31号に入り、15:27仙台宮城ICを通過すると広瀬川支流沿いにまたけっこうな登りが始まった。15:40過ぎトンネル前で5分程度休憩。トンネルを通過するとすぐに長い下りが始まり、せっかく貯めた標高を吐き出し、中ノ瀬中のT字路まで。

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大観密寺仙台大観音 | 仙台宮城ICからトンネルへ

 右折し入った国道286号は、名取川沿いのなだらかな登り坂で、交通量が落ち着き穏やかな気持ちがもどってきた。16:05ミニストップ仙台坪沼店で休憩、16:20発、あと12km。16:50「釜房湖」の釜房大橋を通過、雲間からの日光、遠方の連山、静かな湖面を眺めながらしばらく走行し、内陸に入り「みちのく公園」を通過。駐車場には家族連れと思える自家用車が溢れていたが、徐々に帰り始めている模様だった。 遠方の蔵王連峰がより見えるようになり、絶好の撮影場所を探しながらも、17:20旅館山城に到着。

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釜房湖湖岸 | 釜房湖と蔵王連峰

 宿泊:旅館城山

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ゆったりした振る舞いの宿の猫

【DAZコメント】石巻から松島に向かう朝、地図に載っている「奥松島自転車道」に入れないかと色々さまよったとき、なぜか青い鯉のぼりばかりがたくさん泳いでいるところを通りましたね。僕は何も知りませんでしたが珍しく思ったので写真だけとって進みました。ツアーを終えて家に帰ったあとで「青い鯉のぼりプロジェクト」というものだったと知りました。(ネットで検索してみてください) ここでやっていると知っていて来る人でなければ、偶然通るようなことはないはずの場所でしたが、せっかく遠くから来たのだからこれも見て行って・・・という見えない力に導かれたかのような気がしました。
【浦野コメント】晴天の元、念願の松島観光船に乗れたので満足。仙台市内迂回時のアップダウンに閉口しました。
【那珂コメント】早朝、石巻港あたりをダズとポタリング。気仙沼とは違って大規模に復興が進んでいる感じで、やはり地域差があるようだ。


7日目:5/6(土) 川崎町→蔵王刈田岳→エコーライン→上山温泉  (62km/1640m)  曇りのち大荒れのち下界曇り
 メンバ:那珂、野田潤、宮村、(上山温泉離脱)浦野、(刈田温泉付近離脱)アコ、ダズ
 (潤子記:2018/2/9)

【NJは見た!Season2 5月6日発生事件簿ベストテン!!】

 (注)相も変わらず、一部記憶の曖昧さを埋めるため、想像による脚色がありますことをお許しください。
 なお、順位は時系列であり、事件の大きさではありません。


*第10位 正反対のふたり

 天気予報によると、11時くらいから雨マーク。よりにもよって、なぜ今日なのか???思い起こせば、GW九州ラン。前日まで晴れていたにもかかわらず、阿蘇にて大雨、真っ白。高原らしき中の1本道を、ただただ走っていた記憶がよみがえる。ここは自称晴れ男の妹分、NJの出番だ。「私の”目に見えなき力”で、皆にお釜を見せてやる!」と根拠のない自信を心に秘めつつ、7:50宿を出た。
 曇り空の中、すずらん峠を越えて下ると、アコ氏、ダズ氏との別れがきた。意外にも、右手には蔵王山の頂上が見えているではないか。「きれいに見えてますね。」とダズ氏。「あぁー、僕も登りたい・・・。」NJには、そうとしか聞こえなかった。一方のアコ氏。「そうだねー。」と一応相槌を打つも、心なしかウキウキ状態。「これから、みんなはあんなに高いところまで上るのね。大変~!!離脱組でよかったわぁー。」心の声がにじみ出ているのを、NJは見逃さなかった。 

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出発 | DAZ、アコ氏 お別れ

*第9位 かみ合わないふたり

 蔵王エコーラインを登り始めること1時間半、赤い不動尊と看板「不動の滝」。休憩がてら、木陰から向かいの山を見る。浦野氏、「滝、あれか?凍っている?」那珂氏、「どれ?」「あの白いところ」「どれ?」「あそこ」「どれが?」全くかみ合わない。と、そこへ左の階段からおじさんが上ってきた。「下から滝、見えます?」「・・・、見えますよ。」なぜか、ぶっきらぼうなおじさん。嫌なことでもあったのだろうか?
 下に降りて、びっくり!全く違う方向に立派な滝が。落差50mもあるらしい。浦野氏、ぼそっと一言。「あれは雪渓だったのか・・・。」
 そして、なぜか那珂氏、その後赤い不動尊にとりつかれ、長い間写真を撮りまくるのであった。

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不動の滝 | 蔵王不動尊

*第8位 ハイテンションNJ

 不動の滝の休憩も早々に、浦野氏の次に出発。多少車は多いものの、適度に蛇行走行を許される感じだ。路肩には、高山植物らしいピンクのかわいい花が。これは、まさかの「コマクサ」?自分の運の強さをしみじみ感じながら、ひたすら上り続ける。
 路肩の雪もどんどん多くなってきた。すると、なんと!ま・さ・かの第2弾、○○出現。
 実はNJ、参加初日に見せてもらった鳥海山ブルーラインの雪壁写真、秘かにうらやましいと思っていたのだ。まさか、こんなところで出会えるとは。どんどんテンションの上がるNJ。大抵、途中で那珂氏と宮村氏に追い越されるのだが、その気配がない。きっと写真を撮りまくっているのだろうと思いつつ、休みなく上り続ける。完全にアドレナリン放出状態。とうとうそのまま、「こまくさ平」で待っている浦野氏のもとに着いてしまった。その後、那珂氏と宮村氏に持久力をほめられたNJ、アドレナリンじゃじゃ漏れ状態になるのであった。

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雪壁

*第7位 たった5段、されど5段

 こまくさ平の入口で自転車を置き、遊歩道に入った。看板を見ると、なんと裏にコマクサと書かれた写真があるではないか。ん???、どう見ても路肩で見た花とは違う・・・。しかし、そこはアドレナリンじゃじゃ漏れ状態のNJ、ポジティブ思考で、いっときの癒しをくれた名もなき花に感謝。
 100mほど歩くと、さびさび鉄骨の小さな展望台が。5段ほどの階段を、4,5人の人がかわるがわる上っては写真を撮っている。こんな低い展望台、上って意味があるのか?いぶかしげな思いで上る。
 びゅううー。なんと!上ったとたん、激しい風が吹き上げてくるではないか。しかも、足元は崖。その下には、なんとも不思議で美しい光景が一面に広がっている。たった5段でも、あなどるなかれ。しばらく見とれながら、NJは確信した。この調子なら、きっと頂上のお釜も見れるはず。NJの自信は止まらない。

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こまくさ平

*第6位 悲しきアミノバイタルさん

 30分ほど走ると、お釜への分岐に到着。いよいよお釜への最後の上りだ。 今こそ、私の出番。NJのウエストバッグの中で、アミノバイタルさんがつぶやく。宮村氏の手からNJのもとに渡って、はや2日。今飲んでもらえなかったら、もう日の目を見ることはない。焦るアミノバイタルさんは、叫んだ。「NJ、早く私を思い出して!」
 すると、すぅーと明るい光が差し込んできた。そして、開かれたウエストバッグのチャックの間から、にゅぅーっと手が入り込んできたかと思うと、いきなりアミノバイタルさんを掴んだ。期待膨らむアミノバイタルさん。パンパンと頭を叩かれるやいなや、帽子をシュッとぬがされ、逆さまに。NJのノドチンコが見えた。「やったー!」アミノバイタルさんは、叫ぶ。「いい働きをお約束しますから~。」そう言って、アミノバイタルさんはお茶とともに胃の中に入っていった。
 そんなアミノバイタルさんの気持ちはつゆ知らず、NJはつぶやいていた。「いやぁー。いつもながらアミノバイタルってうまいよなあ。宮村さんに感謝!」そして、急坂を上る。天気はまだもっている。お釜はきっと見れるはず。はやる気持ちで、坂の途中の料金所に向かう。お金いくらかかるのかな?浦野氏が料金所のおじさんと話しているのが見える。
 と、浦野氏の声が響く。「自転車は通れないんだって」「!?」
 「ええぇーっ!」NJの小腸から血流にのったアミノバイタルさんが叫んだ。「そんなのありー?」しかし、どうあがいても料金所のおじさんは通してくれなさそうだ。しかも、この先にあるリフトでお釜に行けると言っている。「リフト???足の筋肉使わないの???」今まさに大腿四頭筋に到着したアミノバイタルさん。ハラハラしながら、皆の会話を聞いている。どうやら、お釜から下りてくる車にも話を聞いているらしい。まだ、お釜は見えるとのこと。誰かが言った。「とりあえず、リフト乗り場まで行ってみよう。」
 悲しきアミノバイタルさん、来年こそは自分の兄弟が輝かしい功績を残すことを夢みるのであった。

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料金所

*第5位 VSエメラルドグリーン

 リフトに乗ったNJ。上を見ると、なにやら真っ白な気配。しかも、周りから霧がどんどんせまってくる。???これは、もしや見れないかも?根拠のない自信が、少しずつ欠け始めてきた。これはもう、時間との戦いだ。早く早くと焦る気持ちとは裏腹に、明るいBGMとともにリフトはゆっくりゆっくり上がっていく。お天気だったら、きっと周りの景色もきれいなのだろうと思いつつも、次第に強くなっていく霧雨に不安が広がる。
 リフトを降りると、あたり一面真っ白。おまけに強風横なぐりの雨。10m先がやっと見える中、道標看板を頼りに歩く。すると、お釜展望台の文字が。その看板には、美しいエメラルドグリーンのお釜の写真が貼ってある。しかし、目の前に広がるのは、ただただ真っ白な純白の世界。皆で一応、記念写真を撮ってみた。
 NJは思った。まだチャンスはある。山頂レストハウスで待っていたら、そのうち晴れるかも。
 自分には目になき力があるはず。まだまだあきらめないNJであった。

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リフト | お釜

*第4位 悲しきNJ

 レストハウスは、避難者であふれかえっていた。ストーブの周りには、濡れた服を乾かし暖をとる人でけっこう混んでいる。奥のストーブで席を確保し、朝コンビニで買った昼食を食べ始めた。皆で那珂氏所有iPadをのぞき込み、雨雲レーダーをチェック。お釜付近は真っ青だ。それでもあきらめの悪い一行は、売店で玉こん、ずんだ大福、甘酒などを購入して晴れ間を待つ。
 しばらくすると、浦野氏「俺は、3時になったら降りる!」宣言発令。どうやら今日、かみのやま温泉で離脱後、車を運転して家に帰るらしい。しかも、下道で!
 そうこうしているうちに、いつの間にかレストハウスの人影もまばらに。と、そこへ怪しげなおじさんが近づいてくる。 
 「リフトに乗ってきた?」「はい。」「天気が悪いから、3時のリフトで最終にするよ。」「!!・・・」
 とうとうNJの根拠なき自信は、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。自称晴れ男に合わせる顔がない。再度弟子入りを願い出、しっかり修行することを秘かに誓うのであった。


*第3位 恐るべし、姫の湯伊勢屋

 濃霧と霧雨の中、下りを楽しむ余裕もなく、ようやく外界に下り立った。少し晴れ間も見える国道13号交差点で雨具を片付け、浦野氏は元気よく去っていった。ふと後ろを振り返ると、  蔵王山頂付近は相変わらず灰色の雲で覆われている。また来れる日はあるのだろうかと思いつつ、本日の宿に向かう。
 姫の湯伊勢屋では、1名キャンセルになったにも拘らず2部屋が準備されていた。相当古い旅館らしく、鍵のない部屋に驚くも、ウォシュレットに安堵する。
 温泉宿の醍醐味、いざ風呂へ。女湯は誰も入っていない様子。ラッキー!ウキウキと浴室に入る。さてさて、まずはシャワーで・・・と、左の壁を見る。???シャワーの留め金はあるものの、シャワーヘッドが見当たらない。しかも、蛇口のあるべき場所にはポッカリと丸い穴が。んっ?右の壁を見る。蛇口が2つ見えた。シャワーはなしか・・・、と思いながら風呂イスに座る。と、左にでかい木の桶が置いてある。中には水?と手桶が。なんだこれ?と思いながら、お湯の蛇口を回す。んん?出ない・・・。もうひとつを回す。水が出た。何これ?
 ・・・・・・・。
 ようやく、木の桶の意味がわかった。中にはお湯が入っていたのだ。これで髪も体も洗えってことなのか・・・。何の説明もなく、今どきの若者だったら全然わからないんじゃないの?と思いながら、どうにか髪と体を洗い終えた。桶のお湯は、もう3分の1しか残っていない。これ、次のお客さんが入るときは女将がお湯を継ぎ足すのかしら?大変だよなあと思いつつ、湯船に入る。さすが温泉、気持ちがいい。ふと見ると、温泉の湯口に何やら板切れが置いてある。よく見ると、「かみのやま温泉 源泉第一号」の文字が。きっと由緒ある温泉宿なのね・・・と、自分に言い聞かせた。
 部屋に戻ろうと2階に上がると、柱に何か張り紙が。「ボイラーが故障中のため、お湯が出ません。申し訳ありません。」の文字。しかし、黄色く変色した紙は、どう見ても昨日今日張られたとは思えない。気になって後日検索してみると、同じ張り紙についての書き込みを発見。書かれた日付は2012年・・・。恐るべし、姫の湯伊勢屋。その商売根性に感服するNJであった。


*第2位 天然○○氏

  お風呂でのショックが抜けきれないNJであったが、夕食の庄内豚ステーキと山菜料理に舌鼓を打つ。部屋での夕食は3人ながらも話に花が咲き、けっこう盛り上がる。しかも那珂氏から、「明日一緒に大宮まで車で行かない?」と言われ、新幹線「つばさ」の立ちっぱなしを覚悟していたNJは、那珂氏から後光がさして見えたのだった。
 一方の宮村氏、最初はあまり乗り気ではなかったものの、米沢まで走る気力が失せたのか、だんだんその気になってきた。おっ?これは明日も3人でサイクリングならずドライブか?と思った途端、突然宮村氏から耳をも疑う言葉が。
 「あ、忘れてた。今回の東北ランの目的は、米沢で上杉謙信めぐりをすることだった。」
 ・・・えっ?それ忘れてたの?天然宮村氏を見つけてしまったNJであった。


*第1位 交渉人 那珂洋二

 翌日、チェックアウトでの出来事。商売根性あふれる伊勢屋の女将、1名のキャンセル料を50%と吹っかけてきた。そこは用意周到な那珂氏。予め印刷しておいた楽天トラベルでのキャンセル料「3日前から50%(それ以前は無し)」という紙を見せる。さすがの女将もこれには逆らえず。見事交渉成立。
 「交渉人 那珂洋二」が、誕生した瞬間であった。

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姫の湯 伊勢屋(写真は5/7朝のもの)

 宿泊:姫の湯 伊勢屋


【DAZコメント(メールより)】ダズとアコは、ただいま白石蔵王から新幹線に乗りました。皆さんの願いが通じて、下界から見る限り蔵王は薄曇り、ところどころ青空です。本隊はもうお釜に着いたかな、と想像しています。引き続き、安全に旅を楽しんでください。夜のレポートも楽しみにしています。僕らも楽しい連休を過ごすことができました、ありがとうございます。また家に着いたらメールします。
【浦野コメント】蔵王エコーラインの最後、ハイラインが自転車不可とは迂闊でした。調査不足を恥じ入るばかりです。お釜見物は宿題ですね。夕方、蔵王から下ったところで上山温泉泊の本隊と別れ隣駅から輪行。20時過ぎに陸羽西線狩川駅着。道の駅まで10分ほど輪行袋を担いで徒歩移動。車も無事だった。充電しながらの深夜ドライブ(充電毎に仮眠)。翌5/7朝、無事帰宅した。
【那珂コメント(メールより)】DAZ&あこしと別れてからはひたすら登りが続く。初めは調子が良かった那珂は途中で果てた。潤子ちゃんはコンスタントに登りきる。お釜まで最後の2kmは有料道路でピストンするが、料金所で初めて分かった事実は自転車は通れないということ。みんな意気消沈しつつも那珂は密かにもう登らなくてもいいと安堵。少し先に進むとリフトで登れると教えてもらいそのようにすることに。ここまではまずまずの天気でお釜の景色が期待された、が、リフトで上ると急にガスが濃くなって頂上は大荒れの天気に。残念ながら今回もお釜を見ることはかなわなかった。下りも半分以上は濃い霧で希にみる残念な下りであった。浦野はいくら勧誘しても決めた予定を変えることなく、クルマのデポ地に行ってしまった。残った3人は宿で庄内豚の大きなステーキをメインに美味しく頂き、今日の締めくくり。
【宮村コメント】蔵王登りは後半萎えた。そして頂上は霧だった。もう一度チャレンジしたい。旅館「いせや」さんの夕食はこの地方の山菜づくしだった。ただ、疲れていたからか潤子さんの好きな俳優談議で盛り上がったからか、味をお覚えていない。


8日目:5/7(日) 上山温泉→米沢市= (36km/265m) 晴れ、西風最高6m
 メンバ:宮村、(離脱)那珂、野田潤
 (宮村記:2017/9/5)

*上山温泉、朝の散策と朝食

 6:00から上山城へ散歩。開城(中は資料館)は9時からなので、天守閣の周りを一周。城は江戸時代、幕命により壊されたが35年前に再建されたとのこと。そこから煙っている蔵王連峰が見えた。宿へもどる途中、上山観音で旅の安全を祈願し、茅葺屋根の武家屋敷が四軒残る屋敷通りを巡った。きれいに整備されている街だった。7:00ぐらいから朝食。山菜ウコギのお浸しを初めて食したが、特徴を思い出せない(味付けでうまくまとめていた?)。米沢あたりでは戦国時代から食用として親しまれているらしい。昨日の夕食も同じウコギ科のコシアブラのお浸しなど様々な山菜を食したが、なぜか特徴を覚えていない。この名前の由来は木の樹脂(アブラ)を濾した液がウルシのように有用だったから。8:30ごろ那珂君、潤子さんの車を送り出した。

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上山城 | 共同温泉と蔵王 | 車を見送る

*気仙沼駅~米沢;向かい風に閉口

 宮村は8:50ごろ米沢市へ出発。予報では西からの風、最高6m。南陽市に入る手前まで強烈な向かい風、下り坂でもペダリングしていた。南陽市を通過後も、強い右からの風か向かい風。米沢駅約4km手前の宮町から最上川サイクリングロードに入るが強風であまり景色を楽しめず。11:35米沢駅に到着。まず米沢ラーメン(特徴は、縮れ麺とあっさり醤油スープ)で気分転換。駅近くのラーメン店和幸で黒ネギしょうゆラーメンを頼む(12:17)。確かに色が濃いわりに味は濃過ぎず食べやすかった。13時ごろ松が岬公園に入り上杉景勝・直江兼続像、上杉鷹山像(「なせば為る成さねば為らぬ何事も成らぬは人のなさぬなりけり」で有名、ケネディ元大統領が尊敬し娘のキャロライン・ケネディ前大使も訪問)に一礼し、上杉神社を参詣した。次にゆっくり上杉記念館と狩野永徳実洛中洛外図を公開中の上杉博物館を回った。締めを米沢牛の牛丼にしようと有名な「登起波」分店「登」を訪ねたが、仕込みが無くなり閉店だったので米沢駅前「杵」の牛丼となった(17:20、¥1300)。米沢18:19発つばさ192号で東京20:28着。

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米沢駅 | 上杉鷹山像 |上杉神社裏龍旗毘旗

【那珂コメント(メールより)】皆さんGWランお疲れ様でした。今回も楽しく過ごさせていただきありがとうございました。今朝は朝食前に車を取りに山形空港まで33kmほど走り、7時半ごろ宿に戻りました。9時前に宿を出て、宮村さんは米沢散策へ。潤子ちゃんは大宮駅まで那珂車に同乗してもらいました。・・・金沢までは期待通り座って帰れたでしょうか? 私は16時前に帰宅できたので、ゆっくりできてます。野田の事故&怪我は残念でしたが、これまでよりは軽く済んだという点で運気は良い方向に転じたと考えたいですね。早く良くなることを祈ってます。あとは宮村さんと浦野が無事に帰宅されることをお祈りしています。
【野田潤コメント(メールより)】皆さん、6日間本当にありがとうございました。とっても楽しかったです。蔵王のお釜だけが無念・・・。最終日は、那珂さんに大宮まで車に乗せてもらったおかげで、とても楽をさせてもらいました。当初の予定では、かみのまえから大宮までの2時間を混み混みの中、立っていなくてはならないと覚悟していたので。北陸新幹線かがやきは指定席が空いていて、無事座れました。※宮村さん、記念館は上杉でしたね。どこからか私の頭の中では、武田信玄の子孫に変わっていました・・・。どうしても武田の名前しか出てこなくて、なんか違うなあとは思いながらもメールに武田〇〇と書いてしまいました。来年こそは、全員が元気に参加して無事完走できるよう、祈るばかりです。また一緒に走るのを、楽しみにしています。
【宮村コメント(メールより)】皆さん無事帰宅しました。 浦野さん、那珂さん、ダズさん、アッコさん、潤子さんお世話いただきありがとう。今日は、米沢まで強烈な向かい風か右からの風でけっこう疲れました。が、「してみせて、言ってきかせて、させてみよ」と「なせばなる」で有名な鷹山公の上杉神社、上杉記念館、上杉博物館を回れ良かったです。食も米沢ラーメンと米沢牛丼を堪能しました。気仙沼(その前に陸前高田一本松往復)から始まり、今回も満足な旅でした。※野田さん お会いできず残念でした。いろいろ万全を期していただき、次回以降、お会いできることを楽しみにしています。※潤子さん 大宮1518発に乗れたのですね。毎回、潤子さんの体力には驚かされます。私も体力維持・強化に精進しなければ・・・・。また走りましょう。


<おわりに>(浦野記:2017/6/6)
 全般を通じて天気には恵まれたが、やはり野田(兄)のリタイアを考えると大成功とは言えない。これだけリタイアが続いても、結果として大事に至っていない(と言っては本人に失礼か)ことを良しとすべきか。潤子氏の言を借りるまでもなく、来年こそは皆が無事に完走できるよう祈りたい。


関連リンク:
 ’92年夏の東北(岩手県)ツアー
 RinRin Report 参照(野田版 4/28~ 5/2)
 RinRin Report 参照(宮村版 5/3~ 5/7)